@先刻から何かしきりに妻と問答していたのだ。
私とロジェル・エ・ギャレは、言葉を中止して、二人とも仏蘭西語の方へ注意を向けた。そして、非常に疲れた人のように正面を見詰めたまま、その話を聴き取ろうと静かにした。私たちの話題がそっちへ伝染して行って、妻と彼女も、結婚を中心とする雑談を始めていた。それがこの仏蘭西《フランス》の女に、自分の結婚を思い出させたのだった。
彼女は言った。
『私は、ブリタニイのカルナク――あの「石の兵士」に近い村で、お祖母《ばあ》さん一人の手で育てられたのです。カルナクは、荒れた野のうえに一|哩《マイル》以上もの大石垣が走っていて、地球の若かった頃を思わせる伝説の部落です。そして、そこの酒場は影のような人々で一ぱいですし、その人々はまた、土の香《かおり》と官能の夢しか何ひとつ持ち合せがないのです。このカルナクの部落で、私と祖母は、鶏と兎を飼って暮らしました。祖母は、誰にでもすこし気が変だと思われていました。幾つぐらいでしたろう? 顔に千三十八の皺《しわ》があって、顎髯《あごひげ》が生えていました。』
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『子供達はその顎髯を怖がって、祖母が市場へ買
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