ゥ。わたしは怒ってやりました。お宅のお嬢さんとあの日本の紳士とは恋仲のようだが、もしあの方がお嬢さんに結婚を申込んだら、あなたは母としてどうするつもりかって――わたしは答えました。日本人は世界一に血の伝統的純潔を誇る国民です。彼らは、何よりも雑婚をいやしむのです。その日本紳士から結婚を申込まれるなんて、うちの娘がどうしてそんな光栄を持ち得ましょう? 考えるだけで、それは日本人にとってこの上ない侮辱です――と、わたしはあなたの名誉のために弁解しておきました。思慮のない人々が詰らないことを言い出すのにはほんとに困ります。が、そういう人が少なくないのですから、これからはあんまり二人で外出しないほうがいいでしょう。それに、忘れていましたけれど、此娘《これ》は近々田舎の親戚へ行くことになっていますし――。』
 こういって、彼女は、自分の機智を悦《よろこ》ぶように笑った。勿論その「おとなりの奥さんが来てうんぬん」の全部は、事態の急を察した、下宿の主婦らしい彼女の作りごとだったのだ。これで日本人の出鼻を挫《くじ》こうとしたのである。彼女の計は見事|的《まと》に当って、日本人は蒼白な顔に苦笑を浮べたき
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