るから、大陸ではやはりスキイと言ったほうが穏当だ――のように、いつまでも会話が辷《すべ》った。
私が話した。
ひとりの若い日本の学者が、倫敦《ロンドン》に来ていた。彼は、研究の題目以外に、下宿の娘にも異常な魅力を感じた。娘も母も、自分たちが、その外国人の上にそんな大きな影響を投げていることは知らずに、そうすることを異国者に対する義務と思って、出来るだけ好《よ》くしていた。娘は日本人と一しょにどこへでも出かけた。それは、彼女にとっては、恋からは遠い尊敬と友情のこころもちだった。が、日本人はそれを恋と取ったのだ。そして、それによって一層自分の感情を燃やして行った。そういう気で見ると、何の意味もない娘の一挙一言も、彼には、すべて別の内容をもって響くのだった。事実ふたりは、必要以上にいつも一緒にいるようになった。それは、誰の眼にも恋人同志としか映らなかった。近処は彼らの評判で賑やかだった。その噂が母親なる主婦の耳にも入った。早晩彼が、正式に結婚を申込もうと思っている或る晩、二人伴れで散歩から帰って来ると、娘の母が言った。
『さっきお隣の奥さんが見えて、こんな莫迦なことを訊くじゃありません
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