スりが、一晩中森から出て来なかったとしても、それは誰のSINでもない、彼女の何気ない言動のことごとくが、ロジェル・エ・ギャレの眼で見ると、全く別の内容をもって響かざるを得なかったのだ。その晩、森のなかで、ロジェル・エ・ギャレは、ナタリイ・ケニンガムに正式に結婚を申込んだ。それは、彼女を驚かせるに充分だった。
『あら、なぜそうあなたは「大戦以前」なの? 結婚ですって?――いいじゃありませんか、そんなこと。』
 そして、即座にそこで、ロジェル・エ・ギャレは、結婚と同じものを投げ与えられたことは、言うまでもあるまい。
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昨夜《ゆうべ》あなたは僕の腕のなかにあった。
僕の腕はまだその感触でしびれてる。
おお! それなのに夢だなんて!
Say, was it a dream ?
Was it a drea−−m ?!
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 ――というロジェル・エ・ギャレの話なんですが、いかがです、お気に召しましたか。
 ロジェル・エ・ギャレとナタリイは、その翌日朝早く、ケニンガム夫人を寝台へ残したまま、幸福と一しょに巴里《パリー》へ逃亡してしまった。しかし、これは、飽くまでも私達の概念する結婚ではないのだ。なぜならそれは、瑞西《スイツル》のウィンタア・スポウツに無くてはならない、あの「かたい雪」の部に属する近代恋愛なのだから。だから、例の、がらす玉のように妙にぎらぎらする嫉妬の要もあるまいし、多くのシチュエイションを手がけて、激しい交通に踏み固められた、この場慣れた二人のあいだに、それは、「大戦後の新道徳」によって、勇壮に滑走すること請合いだ。そして、よりいいことには、相互の理解の上で、いろんな恋愛技術のSTUNTが行われるだろう。クリステだの・ステムだの・V字形だの、と。
 冬の聖《サン》モリッツは、両大陸の流行の大行列だ。
 倫敦《ロンドン》と巴里と紐育《ニューヨーク》の精粋が、ウィンタア・スポウツに名を藉《か》りて一時ここに集注される。
 ――大小の名を持つ人々・名をもたない人々・新聞の写真によって公衆に顔を知られている紳士と淑女・知られてない紳士と淑女・女優・競馬騎手・人気作家・あまり人気のない作家・離婚常習犯人・商業貴族・生産のキャプテン達・彼等の家族中のJAZZ・BOYSと・反逆年齢に達した娘たちの大集団・独逸《ドイツ》から出稼ぎに来て
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