フで弱らせられる。それから、これだけは、どうしても大きなホテルへ行かなければ遣《や》り切れない一つの理由は、お風呂である。スポウツで汗をかいて来ても、直ぐにお湯に這入れないとあっちゃあ、殊に日本人は往生する。
 全く瑞西《スイツル》のステイムは、よくこれで失敗する旅客があるので有名だ。倫敦《ロンドン》や巴里《パリー》のつもりで寝てしまえば要らないだろうというんで、すっかり閉めてしまうと、パイプの運行が停まって湯が冷めるもんだから、夜が更けるにつれて凍り出すようなことになる。いわんや、ほかの国の気で、寝る前に窓でも開けておこうものなら、寒さのためパイプが破裂すること請合いだ。先年ルケルバルドでこのステイム・パイプがホテルの屋根を吹き飛ばしたことがある。あとからナイアガラのように水が噴き出て、不幸な止宿者一同は、難破船の乗組員みたいに泳ぎながら、村役場の出した救助ボウトを待たなければならなかった――なんかと、まさか、それ程でもあるまいが、ホテルのポウタアが話しているのを聞いた。が、これも、考えてみると、外国人には間違い易く出来ているのである。なぜかというと、ステイムの廻転面にある Auf という字は、英語の Off に発音が似てるけれど、こいつが食わせ物なんで、実は、その逆の On なのだ。そして、もう一つの Zu というやつが、Off を意味する。こういうことは、あちこち旅行していると珍らしくない。伊太利《イタリー》語の Caldoが、発音や字形の類似を無視して、ちょうど Cold の正反対の Hot に当るようなものだ。この場合も、冷水のつもりで熱湯を捻《ねじ》って、それこそ手を焼く――などという大失敗を演ずる旅行者が、ちょいちょいある。
 よく犢《こうし》を食べさせられるにも、いい加減うんざりさせられる。じっさい瑞西《スイツル》では、どの牛も、牛になるよほど以前に殺されてしまうのであろうと思われるほど、さかんに、無反省に、犢《コウシ》の肉を出す。が、特に女の人に有難いだろうと思われるのは、チョコレイトである。それでも、戦争前は、もっと安かったものだそうだが、この頃だって、世界のどこよりも見事なのが、ずっと廉価に売られている。飲料はチョコレイトなんかには、じつに素晴らしいものがある。TEAの店も、聖《サン》モリッツあたりでは随分繁昌しているが、女給はお茶を持って来る
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