tへ扉《ドア》の隙間から流れ込んできたのである。
 誰かが急病!――と、咄嗟《とっさ》の職業的意識に狼狽《あわて》て撥《は》ね起きたドクタアと、今にも彼のベッドへ這入りこみそうな彼女とは、早速こんな低声《こごえ》のやりとり[#「やりとり」に傍点]を開始した。
『何です? どうしたんです? 何か起ったんですか。』
『ええ。いいえ、あたし、あんまり足が冷たいもんですから――。』
『足――?』
 善良なドクタアが愕《おどろ》いてるうちに、彼女は容赦なく割り込んで来てしまった。だから、このあとは、まるで夫婦のように、暗い寝室のBEDのなかでの問答なのである。
『困りますなあ。出て行って下さい。後生《ごしょう》ですから。』
 ドクタアは、出来るだけ遠くの端に硬直して嘆願したことだろう。
『あら! なぜそう「大戦以前」でいらっしゃいますの?』
 彼女は心から無邪気に笑った。
『いいじゃあありませんか。あたしのほうから来たんですもの――そして、うちの人にもお友達にも、あたしが押しかけたのですとその通り言いますから。そうすると、みんないつだって喜んでいます。』
[#ここから2字下げ]
昨夜《ゆうべ》あなたは僕の腕の中にあった。
僕の腕はまだその感触でしびれてる!
おお、それなのに夢だなんて!
Say, was it a dream ?
Was it a drea――m ?!
[#ここで字下げ終わり]
 ――というロジェル・エ・ギャレのはなしなんですが、いかがです、お気に召しましたか。
 すべての古いものは、その古いが故に、それだけで価値を失ってしまった。今日では、それはすでに無智であり、罪悪でしかない。私達は、まずこの機械と工業の心もちにぴったり当てはまる、新しい生活上の規約を要求して真剣だ。これは、現在の欧羅巴《ヨーロッパ》に充満する一つの時代情緒である。それほどどこにでも、誰の胸にも強く感じられるのだ。だから、多数の「次世紀」の少年少女達が喚声を上げて旧道徳への突撃を開始している。彼らは、かつて「しべりあで新しい宗教が発掘」されたように、いま自分達の身辺に、全然あたらしい美醜と善悪と大小の標準を査定しようと焦《あせ》っているのだ。それには|母の大地《マザア・アウス》を掘り下げるように、じっさい大地ほども根づよい既成観念のことごとくを滅茶々々に破壊する戦争行為が第一だ。そして、こ
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