まごまご》すると sitzplatz だ。山の中腹以下に多い。これを識別するには、雪を手で振るといい。指の間から水が滴《したた》るようでは駄目だし、音を立てて軋《きし》んで、固いボウルになれば占めたものだ。雪融《ゆきど》けは空気のにおいで解る。また、風の方向の通りに小波状に光ってる場所も、避けなければならない――恋愛の悪魔だ。長つづきしないくせに、タアニングも容易でない。そのうちに流行の離婚ということになる。ほんとにあの戦争の苦楚《くそ》を嘗《な》めた中年以上に多い。
 FOEHN――瑞西《スイツル》に特有な、俄かの雪解けをもたらす暖かい地方風だ。これが吹き出すと、蝋を引いたばかりのスキイにさえ、雪が球状に附着するから直ぐ予知出来る。そうすると、「毀れる外皮《クラスト》」のあとに、つづいてTHAWが来る惨めな二、三日を覚悟して、人はみんな shank's pony で町と森の逍遥に出かける。おかげで、聖《サン》モリッツや、モントルウや、インタラアケンや、ルツェルンなどの小博物館のような記念品屋《スウベニア》で、水を入れると歌い出す小鳥のコップ・開け方のわからない謎の洋襟《カラア》箱・検微鏡でなければ針の読めない小さな時計・オルゴウル入りで「|甘い家庭《スウィイト・ホウム》」を奏する煙草壷、なんかが店を空《から》にするまで売れて往くのだ。あめりか人の・英吉利《ギイリス》人の・仏蘭西《フランス》人の・希臘《ギリシャ》人の・日本人の、好奇なウィンタスポウツ旅客団の襲来によって――これは、近代の恋愛に特有な、週期的な雪解けの微風である。こいつが吹き出すと、結婚したばかりの相手のポケットから見慣れない手紙が出て来たりする。そうすると、退屈と焦慮の今後を覚悟して、人は冒険心に乗って町と森の逍遥をはじめる。そして、おかげで、大都会と開港場の恋の市場が空《から》になるほど盛《さか》るのだ。亜米利加《アメリカ》人の・いぎりす人の・仏蘭西人の・ぎりしあ人の・日本人の、好奇な恋の観光団の襲来によって。
 ――証明を終ったロジェル・エ・ギャレは、薔薇《ばら》材のパイプに丹念に小鼻のわきの脂《あぶら》を塗りはじめた。木を古く見せて、光沢を出そうというのである。
 私達のあいだには、スキイ――英吉利人はSKIを北欧の原語どおりに「シイ」と発音するが、この音の仏蘭西語には一つの野蛮な意味の言葉が
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