、ううう[#「ううう」に傍点]と唸《うな》りながら、私達に燐寸《マッチ》を催促するために、それを擦《す》る手真似をした。

     3

 トラモンタナと呼ばれる狂暴なアルプス颪《おろし》が、窓の外に汽車の轟音と競争して、私達に、今夜は暗いばかりでなく、恐らくは、粉雪を含んで寒いのであろうことを、間断なく報《し》らせていた。
 しかし、私達のコンペアメントは、感謝すべき装置で一ぱいだった。そこにはまず、万国寝台会社が、旅行好きな公衆と同業者とに誇る、そして誇っていい、照明と煖※[#「火+房」、203−1]《だんぼう》と装飾とが、好意ある経営をもって往き届いていた。
 模様入りの人造革を張り詰めた室内の壁には、白樺材を真似た塗料が被《き》せてあった。鋲《びょう》が、掃除婦の忠実を説明して、光っていた。窓では、眼科医の色盲検査布のようにいろいろに見える、が、その実ただの緑いろの厚いカアテンが、私達の賞美を得ようとして、大げさに揺れていた。その下に、折曲げ式の、皮張りの板が立てられて、机の代用をしていた。それは、ルセアニア人の旅行用香水壜と、私のクック版大陸時間表とを支えていた。大陸時間表
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