シニョオル・ムッソリニに面会を申込もうとしている――そうでしょう?』
『何らの根拠もない、恐るべき断定だ!』
 私は、ルセアニア人に、援助を求める眼をやった。しかし、彼は、彼の|嗅ぎ塩《スメリング・ソルト》といっしょに非常に多忙だった。私は、単独で彼女に対抗しなければならなかった。
『一体誰が、そんなことを言いました。』
『読心術《テレパセイ》です。私は、ノルマンディの漁村で、不思議な力を有する一人のお婆さんから、読心術《テレパセイ》の手解《てほど》きを受けたことがあります。』
『おやおや? あなたの裸体に対する僕の心持だけは、読まれると困る瞬間がある。』
 ルセアニア人が、彼の楽しい塩壜の上から、声を持った。
『どうぞ茶化さないで下さい。ですから、私には、大概の人が、その希望も、その個人的難境も、一眼で判断出来るのです。そこで、当面の問題へ帰るとして、第二のあなたは、ムッソリニに会ったら、政治哲学上の議論などを吹っかけることは極度に排斥して、飽くまでも、亜米利加《アメリカ》産の訪問記者手法で往こうとしているでしょう。つまり、専門の智識なんかすこしも持ち合わせていない、無邪気な顔をして、莫迦げ切った質問ばかり発します。そうして、それによって、その返答を素材に、こっちで勝手に、あなたの好む通りの「人間」を拵《こしら》え上げる。それは、この上なく賢明な遣《や》り方です。公衆《パブリック》は、自分達の偶像との、こういう電光石火的面談記《ライトニング・インタヴュウ》に胸を躍らせて愛読すべく、ジャアナリズムの英雄達によって、もう充分に教育され尽していますから、今あなたが、ムッソリニに対して、この方法を採用すれば、或る程度までの効果は期待していいはずです。』
 私は、一々自分の意図が、この国際裸体婦人同盟員の口から繰り出されるのに、新奇な驚異を経験しながら、それなら、仮りに私がムッソリニに会うとしたら、私は、果してどんな質問を次ぎつぎにポケットから取り出して、ムッソリニのどこを狙って投げつけべきであろうかと、彼女に訊いてみた。
 彼女は、そこから名案を叩き出そうとでもするように、一つの握り拳《こぶし》で、暫らく手の平を打ち続けたのち、やがて、注意深い小鳥のように、首を曲げて、言い出したのだった。
[#ここから天付き、折り返して2字下げ]
『1 一日に何時間眠りますか。或いは、何時に寝て、何時に起きますか。
 2 一番好きな食物は?
 3 一番嫌いな食物は?
 4 一番好きな葡萄酒は?
 5 一番好きなスポウツは?
 6 一番好きな格言は?
 7 一番好きな史上の人物は?
 8 一番好きな煙草は? そして、それを一日に何本お喫《す》いになりますか。
 9 本はいま何をお読みですか。
 10 あなたの養生法は何ですか。
 11 もし、日課的に散歩なさるなら、規則《ルウル》として犬をお伴《つ》れになりますか。
 12 あなたは、何個国語を話しますか。
 13 物心ついてからの、最初の記憶は何ですか。
 14 何があなたの少年時代の野心でしたか。
 15 あなたの一番幸福な瞬間はいつでしたか――今のほかに。
 16 あなたは、新しい靴のために足が痛む時は、いつもどういう方法を講じますか。
 17 忘れましたが、珈琲《コーヒー》には砂糖をお入れになりますか。お入れになるようでしたら、一つですか。二つですか。
 18 私は、あなたから読者への伝言《メセイジ》として、何を伝えたらいいでしょうか。
 19 このあなたのプロマイドに署名して下さい。
 20 いろいろ有難う御座いました。さよなら。
[#ここで字下げ終わり]
 そして、必ず正面を向いたまま、戸口まで後ずさりに歩いて、退出するのです。しかし、これには、絨毯に蹴躓《けつまず》いたり、出口のつもりで書棚の硝子《ガラス》戸に手をやったりしないように、大変な注意を要します。が、これだけ引き出せば、どんな偶像でも、人間の片鱗《へんりん》は覗かせるだろうから、そこを掴めばいいと、あなたは簡単にお考えのようですね。ところが、ムッソリニの場合だけは、例外なのです。』

     4

 私は、これらの彼女の思いつきは、すべて正当なもので、私も、ちょうど彼女と同じ内容の質問戦を計画しているところかも知れないと、彼女に告げた。しかし、それは、明かに彼女が、既定の事実として勝手に決めている、私とムッソリニとの面会を前提にして、始めて必要の生じるジャアナリステック準備であって、正直のところ、私は、私の大事なペンを翳《かざ》して、シニョオル・ムッソリニに肉迫するかどうか、私自身決めていないのである。と言うよりも、私の偽らない心持のなかでは、否定説のほうが有力だったのだ。問題のベニト・ムッソリニ氏は、この何年かの間に、世界
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