間として眺めて、そして、一般の女のなかからさえ、性ばかりでない、もっと価値あるもの、もっと智的なものを探し出そうとするでしょう。性は詰《つま》りません。お互いですもの。』
 つまり彼女によれば、国際裸体婦人同盟は、この、世紀的に古い誤謬に毒され切っている男達を、その可哀そうな状態から救い出すための、親切な教育団体だと言うのだ。私達は、彼女の説に、異常な恐怖と好奇と感謝を感じながらも、それを表面に現わさないだけの努力を必要とした。すこしでも、「この瞬間の傾向」の背後に立っていると思われたくない虚栄心が、私たちという二人の男を強く支配している事実に、私は気がついていた。したがって、近く彼女が示そうとしているであろう彼女自身の実証に対しても、私たちは、それを待ちあぐんでいることなどは気振《けぶ》りにも見せなかった。実際、若いルセアニア人は、そんなところは何|哩《マイル》も先に行ってると言ったように、しきりに欠伸《あくび》をしていたし、私は、出来るだけ詰らなそうに、度《た》びたび窓の外を覗かなければならなかった。硝子《ガラス》が一面に塩を吹いて、何も見えはしなかったけれど。
 私は、汽車の両腹を撫でて、非常な速力でうしろへ逃げて行く暗黒《くらやみ》の音を聞いた。
 それは、長靴の膝に当る地方の深夜だった。そして、停電は沿線全体のものだった。
 彼女が言っていた。
 一九二八年の暮れだった。そこは、伯林《ベルリン》の雑沓だった。電車を降りようとしていた彼女は、無礼な群衆の不注意から、彼女の外套の下を瞥見されるような過失を結果してしまった。そういう訓練のない男達の眼が、彼女に一斉射撃された。警官が来た。彼女は既に、拘引と、そして退屈きわまる訊問とを覚悟していた。が、警官は、警察へ同行するかわりに、保護と称して、暗い公園の奥へ彼女を伴《つ》れ込もうとしたというのだ――。
『救われない!』
 ルセアニア人が叫んだ。すると彼女は、啓示を受けた人のように、急に起《た》ち上ったのである。
『一たい誰が、あなたに着物を着ることを教えましたか。』
 そして、彼女は、今まで片手で押さえていたアストラカン外套の前を、手早く開けて見せた。下には直ぐに、薄桃色の曲線と、円味《まるみ》を持った面《おもて》とが、三十年近く生きて来て、たる[#「たる」に傍点]んでいた。毛穴が、早春の地中海の夜気を呼吸して
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