檮盾セった。人はみんなオテル・ドュ・パリやCIROやアンバサドウルの食堂で皿や給仕人や酒表と戦ってる最中だった。賭博場はわりにすいていた。それでもこの 1928−29 の「高い季節《セゾン》」である。着色ジェリイをこんもり[#「こんもり」に傍点]と型へ嵌《は》めて打ち出して、それへウラルの七宝と、ルイ王朝の栄華と、近古ムウア人の誇示的|輪奐美《りんかんび》とをびざんてん風に模細工《もざいく》した。そして、香気と名流と大飾灯《シャンデリア》と八面壁画とに、帝室アルバアト歌劇場のように天井の高いこの「機会の市場」だ。緑いろの羅紗を張った長方形の卓子《テーブル》のうえでは、丁抹鰻《デンマークうなぎ》のように滑《すべ》っこい皮膚をもった好機《チャンス》の女神――このお方は、しじゅうあの大刈入れ鎌を手にしてる死神のタイピストなんだが、断髪してることを忘れて速記《ステノグ》用の鉛筆を頭へ挿《さ》そうとしてはよく下界へ落とすと言われている。つまりそれほど頼りない女神である――がほほえんだり顔をしかめたりする。するとそのたびに、ナポリの画学生が三日間大富豪になったり、コンスタンチノウプルの旅役者が生れ
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