すから、もちろん無意識でしょうが、女の脚は夢中のあまり椅子から乗り出して、「23」の大腿部にしっかり触れているのです。ここで若いシリア人は、盤面の二十三に対する愛着以上の興味を感じなければならなかったはずです。なぜ? 地下鉄《メトロ》の雑沓で女の脚が押して来る。押された男は、それが地下鉄会社が乗客へのお礼に出している景品であるかのように、特権としてその接触を享楽するのがつねではないですか。近代都市の交通機関内では、朝夕どれだけ多量にこの擬似性慾が消費されていることでしょう。時としてそれは立派な情事でさえあると私は思います。しかし、言うまでもなくそのためには、押して来る女の脚が飽くまでも忍びやかに、そして両方の着物をとおしてふっくら[#「ふっくら」に傍点]と暖かい体温が通い、血のときめきが感じられる――といったような条件が必要でしょう。だからこの「乗物のなかの相手」には処女よりも人妻のほうが面白いと今アレキサンドリアへ書記生になって行っている私の悪友が言ったことがあります。とにかく、これほど議論の多い「都会的交渉」をその未知の女と持つことになったのですから、「23」はこの先方から向いて来
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