つに恐るべき独断だ!』
 独逸《ドイツ》人は卓子《テーブル》を叩いて酒杯《グラス》にシミイを踊らせた。
『私は単なる正直な映画技師です。』
 私は黙った。これ以上主張をつづけることはこの肥大漢と私とのあいだの決闘に終りそうだったから。しかし、それにもかかわらず私は、自分のほうが正しいことを確信していた。なぜなら、現に今夜の若い時間に、彼の妻のいが[#「いが」に傍点]栗頭の波斯《ペルシャ》猫がわざわざ私に指示してこの男が良人《おっと》であると証言したではないか。
 ヴィクトル・アリ氏の大笑いが一同の注意を要求した。
『解ってる、わかっている!』
 彼は眼と眼の中間で両手を泳がせていた。それは明かに可笑《おか》しさのあまり駈け出して来ようとする泪《なみだ》を睫毛《まつげ》の境いで追い返すための努力を示していた。ばらばら[#「ばらばら」に傍点]の言葉でアリ氏は唱え出したのである。
『――あの人はハンブルグの荷上《にあげ》人夫ではないのです――あの人は毎朝熱湯の風呂へ這入って自分の身体と一しょに茹《ゆ》で上った玉子をそのお湯のなかで食べるのです――それから、あの人のそばへ寄るとリンボルグ、じゃ
前へ 次へ
全66ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング