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ランダイでは仏蘭西《フランス》軍の歩哨が寒気のために衣裳人形のようになって凍死した。ルツェルンの湖では汽船の羅針盤が氷って岩壁に熱烈な接吻をした。巴里《パリー》では二つの橋の鉄材が収縮して交通遮断になった。ヴェニスでは運河と礁湖《ラグウン》がすっかり硝子《ガラス》張りになって、市民は一時ゴンドラから解放された――。
これらの土地を寒気災害視察員のように巡回して来た私たちに、RIVIERAの太陽と植物系統は何と浮気に見えたことよ!
汽車を出ると地中海が空色の歓声を上げた。誕生日菓子のように立体的な緑の山がそれに答えていた。停車場と機関庫の間に一線《ひとすじ》の海が光っていた。そこに快走艇《ヤット》の赤い三角帆がコルシカからの微風を享楽していた。ヴェランダを広く取って、いぶし銅の訪問板にまでミモザの花の届いてる原色塗りの玩具の山荘《ヴィラ》が、それぞれの地形から人の注意を惹こうとしていた。近づいてみると、その一つ一つが固有名詞を秘蔵していた。〔La Bohe`me〕 というのがあった。“〔MA CHE`RIE〕”というのもあった。英語では“The Wood−nymph”などという
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