「長髪にちょこん[#「ちょこん」に傍点]と帽子を載せて裾《すそ》の長い外套を着ている人。ホテルの食堂の音楽家を恥かしがらせないように注意していつも発見しにくい隅の卓子《テーブル》へつく。
それから朝飯《プチ・デジュネ》の盆に載って部屋へくる新聞を見ると、片眼鏡の外相オウステン・チャンバレンの夫人もこの Hotel de Paris に泊っているとあるけれど、どれがその人かちょっと私には判らないのである。が、丁抹《デンマーク》の王様だけはホテルの社交室で一眼で認めることが出来た。王様の身長は六|呎《フィート》五|吋《インチ》である。私達はコペンハアゲンでよくこの巨人王のことを聞かされたものだが、それがいま私たちのいるホテルで外《ほか》ながらお眼にかかれたわけだ。王様と女王さまは毎年キャンヌへおいでになる。そしてそこを根拠にジュアン・レ・パン、アンティブ、ニイス、モンテ・キャアロ、マントン、サン・レモと incognito でお歩きになるのである。
こうしてオテル・ドュ・パリは全|欧羅巴《ヨーロッパ》の上流と礼服と談笑と香気と宮廷風の大装飾とによってLIDOの電気看板の飛行をはじめたよ
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