ノ私達の Make−up に欠除しているというのだ?
『あ! どっかから犬を借りてくりゃ宜《よ》かった!』
私が叫んだ。彼女は非常に悲しそうな顔をした。
『犬? そうね。ペキニイスか何か――でも、もう遅いわ。駄目よ。いまになってそんなこと言っちゃあ――。』
私は、私たちの完全さに汚点をつけないために、犬のことはこれきり考えないことに決めた。そしてそう彼女に約束した。
コンダミンの小湾が私達を呑もうとして断崖の下に待ち構えていた。
ランチャは、それがランチャであるところの、すこしも速力をゆるめることなしにその難所を突破してコンダミンの湾を失望させた。
私たちのホテル入りは so far 美々《びび》しい成功だった。最初の美少年は彼女の帽子箱を、第二の美少年が彼女の化粧鞄を、第三の美少年は彼女のステッキを、第四の美少年は第一のスウツ・ケエスを、第五の美少年が第二のスウツ・ケエスを、第六の美少年は――とにかく第十一の美少年が私の眼鏡のサックを捧げて続くまで、じつに十一人のボウイが私達の背後《うしろ》に行列した。そのあいだ忠実な19は車扉《ドア》のそばに直立して帽子を脱《と》っていた。
大理石の階段のうえには支配人フリュウリ氏が出迎えていた。彼は手を揉《も》み首を曲げて習慣的に笑った。が、彼の頭脳は私たちの「状態《ナンバア》」と所属級を把握《サマップ》し、一刻も早く待遇の等別を確立しようと忙がしく働いていた。私は彼にファシスト風の真直ぐに腕を上げる挨拶をして、まず私たちがいかに方々を旅行して来た場慣れ者であるかを示した。それに対して彼は帝政時代の仏蘭西《フランス》外交官のように片手を胸に当てておじぎをする礼を返した。それは古風に優雅なものだった。そして彼は私たちのために特に部屋の用意が出来ていると言った。But then, この M.Fleury は巴里《パリー》リッツ・ホテルの支配人レイ氏、オテル・ロワヤル・オスマンのメラ氏、エドワアド七世ホテルのプラロン氏、オテル・ジョルジェのタレイル氏とともに大陸ホテル経営の五人男であることを私は以前から知っていた。
5
専売皮の靴のさきで星がギタノの舞踏を踊っていた。カスタネットはモナコの夜の海岸が鳴らしていたのだ。オテル・ドュ・パリとCASINOのあいだに、食卓布のように明るい灯火の小川と人々の笑い声があった。私と彼女は、理髪師のようなつめたいにおいを発散させながら礼装の肩を較《くら》べた。私には固い洋襟《カラア》が寒かった。
カフェ・ドュ・パリから音譜が走り出て来た。白絹を首へ巻いた紳士が、その白絹を外してシルクハットと一しょに入口の制服の男に渡してるのが芝居のように見えた。女たちは金銀のケエプをしっくりと身体《からだ》に引き締めて、まるで燐《りん》の鱗《うろこ》を持った不思議な魚のようだった。彼女らの夜会服の裾は快活に拡がっていて、そうして背《うし》ろの一部分は靴にまで長かった。流行は絶えず反覆するものであると賢人が言った。あれほど批評の声のやかましかった短袴《スカアト》時代はすでに過去へ流れて、世はスカアトだけがヴィクトリア朝へ返ったのだ。しかし、やはり膝頭の見える女もいた。が、今もいうとおり流行は絶えず繰りかえすものである。だからこれは、遅れているのではなくて、現下の長袴《ジョゼット》流行の一つ先を往ってるのだ。つまりこのほうが早いのだ。とは言え、その敵《ライヴァル》に当る長袴《ジョゼット》連中はそのまた短袴《スカアト》時代の次ぎに来るであろう長袴《ジョゼット》時代を生きているのかも知れなかった。すると、いまの短袴《スカアト》組はそれを通り過ぎたまたまた一つ未来の時期を掴んでいるのだと主張するのである。
賭博場《キャジノ》の建物は航空母艦のように平たく長かった。正面《ファサアド》に赤い満月が懸っていた。それは大型電気時計のように出来ていて、針が動いていた。
大玄関を這入ると、私たちはすぐ左手の広間へ行かなければならなかった。そこは一応入場者を審《しら》べて切符を発行するところだった。その部屋は合衆国高等法院のように出来ていて、ポウル・ボウの税関吏のような疑い深い、そしていつも突発事を待っている眼をした役員たちがとまり[#「とまり」に傍点]木の上に止まっていた。彼らは低声に出入りの女達の身体つきに関して際限のない冗談を交換するよりほか用もない様子だった。そこで私たちは旅行券の検査を受けた。役人は私達に入場を許可するかしないか長いこと相談したのち、はじめから解っていたとおりに、許可することに決定した。
私は網膜のなかで光線と色調とアリアン人種と、demi−mondaines の游弋《ゆうよく》隊とが衝突して散った。麺麭《パン》屋の仕事場のような温気のな
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