ノで客を探しました。その夜もそうでした。しかし、思いどおりに紳士をつかまえることの出来た彼女は、安心で気がゆるんだせいか、それともコカイン注射の有効期間が切れて彼女の有機が一時的に分散したのか、とにかく、彼女は、ホテルへ行く途中でああして意識を失って倒れたのです。が、彼女の職業本能が、紳士を捉えている片手だけは離させませんでした。掛り合いになって名の出ることを恐れた紳士は、「23」の出現を何よりの好機会に、地上の彼女を「23」に押しつけて、雲隠れしたわけでした。同伴の動機があまり紳士的でないので、或いは彼は、「23」を探偵とでも思ったのかも知れません。これで気がついて、「23」がポケットから先刻《さっき》紳士の押し込んで行ったものを取り出して見ると、それは書物のようなルイの紙幣束でした。
 この時からです。ふたりが新しい共同の商売をはじめたのは。
 つまり、この偶然事から思いついたのですが、彼らは、何らの資本なしにこのモンテ・カアロで「白い丸薬」と「緑色の羅紗」とを相手に一生遊び暮すだけの財政を、しごく容易に二人のあいだで保ち得ることに気が付きました。それは、その晩の過程《プロセス》を忠実に反復するだけの労力でいいのです。女が売春を装ってキャジノから男を啣《くわ》え出す。そして町角で気絶を真似る。そこへ「23」が現われる。オテル・ドュ・パリあたりの名流の客は、自分の名前に対してだけは恐ろしく潔癖ですから、例外なしに、みんな「23」を警官と間違えて金を押しつけて逃げるのです。それはまるで、万人が万人印刷したような行動だそうです。
 二人はオテル・エルミタアジュの三六号室に同棲していて、今でもときどきこの手を用いています。公然の秘密のようなものですが、個人の生計に関与するほど、モナコの警察は暇ではないと言います。これで彼女は要求するだけのコカインを楽しみ、「23」はまた毎晩の「二十三」の軍資にこと欠かないわけでしょう。
 忘れました! それ以来、女は「七夫人」として知られているのです。何でもその最初の晩が七日だったそうで、彼女は若い燕《つばめ》の「23」に倣って、それから7にばかり賭けることにしたのです。が、どうせゲエムはニの次ぎで、腕を掴んで倒れるための男を物色しに、一月に二、三度キャジノに出現するだけのことですが――。
 コロン製鋲会社の社長・亜米利加《アメリカ》の
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