\― ship−chandler「しっぷ・ちゃん」――を開業していたのだ。
 夜のりすぼん[#「りすぼん」に傍点]波止場で、僕は一つの不思議を見た――。
 AYE! 闇黒《あんこく》がLISBOAの海岸通りを包むとき!
 各国船員の行列《パレイド》にあるこほる[#「あるこほる」に傍点]が参加し、林立するマストに汽笛がころがり、眠ってる大倉庫のあいだに男女一組ずつの影がうろうろ[#「うろうろ」に傍点]し、どこからともなく出現するこの深夜の雑沓・桟橋の話声・水たまりの星・悪臭・嬌笑・SHIP・AHOY!
 この腐ったインクの海は、何かしら異常な事件を呑んでるに相違ない。波止場の夜気は、僕の秘有《チェリッシュ》する荒唐無稽趣味《ワイルド・イマジネイション》をいつも極度にまで刺激するに充分だ。それが僕の全 being を魅了してすぐに僕を「夜の岸壁」の自発的捕虜にしてしまった。もちろんそこには、何とかして変った話材に come across したいという探訪意識が多分に動いていたことも事実だが、とにかくリスボンでは、今日のつぎに明日が来るのと同じ確実さと連続性において、毎夜の波止場《カイス》が浮浪人としての僕をその附近に発見していた。一晩として僕は夜の波止場を失望させることはなかった。
 が、これには単なる探険心以上に、僕を駆り立てる理由があったのだ。
 それは、こうして毎晩「夜の波止場」に張り込んでた僕へ、僕の熱心な好奇癖を燃焼させるに足る一現象が run in したからだ。
 Eh? What?
 きまって真夜中だった。暗いなかに人影がざわざわ[#「ざわざわ」に傍点]して、その黒い一団がしずかに桟橋を下りていく。桟橋の端には、物語めいた一そうの短舟《ボウテ》が、テイジョ河口の三角浪に擽《くすぐ》られて忍び笑いしていた。訓練ある沈黙と速度のうちに一同がそれに乗り移ると、そのままボウテは漕ぎ出して、碇泊《ていはく》中の船影のあいだを縫って間もなく沖へ消える。そして暫らく帰ってこない。が帰って来るとその一団の人かげが、同じ沈黙と速度をもって小舟《ボウテ》から桟橋へ上り、僕の立ってる前を順々に通り過ぎて、今度は町へ消えてしまう。夜なかに海を訪問する一隊! ははあ! 奇談のいとぐちには持って来いだ。しかも、believe me, それがみんな女で、引率してるのはびっこの小男だった。
 これが毎晩である。桟橋と沖を往復する謎の女群。熟練を示すその沈黙と速度。At last, 大MYSTERYは僕のまえに投げられた。何のための毎夜のとりっぷ[#「とりっぷ」に傍点]? 女漁師? Absurd, 密輸団? Maybe.それにしても、何と祝福すべき小説――作者ライダア・ハガアド卿――的効果とシチュエイション!
 山《サスペンス》もある。「|はてな《バッフル》!」もある。|大通り《ポロット》も|小みち《カウンタ・プロット》も充分ある。こいつにちょいと「|予期しない捻り《アンエクスペクテド・タアン》」さえ与えれば、ジョウンス博士主宰通信教授文士養成協会――名誉と財産への急飛躍! はじめて万人に開かれた成功の大秘門! 変名で有名になって親類知己をあっ[#「あっ」に傍点]と言わせ給え!――の「必ず売れる小説を作る法」の講義録にぴったり[#「ぴったり」に傍点]当てはまって、どうだ君、そろそろ面白くなって来たろう。NO?
 まだまだこのあとが大変なんだ。
 YES。港だから、そら、毎日船がはいるだろう。船乗りってやつは、女を要求して――たとえばマルガリイダの家のテレサなんかを目的《めあ》てに――やたらに上陸をいそぐものだ。が、上陸させちまっちゃあ話にならない。いたずらに老七面鳥マルガリイダをほくほく[#「ほくほく」に傍点]させるばかりで、何らわが新事業家リンピイの利得にはならないから、そこで彼らの上陸の前夜か、もしくは過半上陸しても不幸な当番だけ居残ってるところへ、暗いいんく[#「いんく」に傍点]の海を桟橋から一|艘《そう》の小舟《ボウテ》がこいで来て横づけになる。女肉を満載したボウテ! すると、訓練ある沈黙と速度をもって、五、六人の女隊が、アマゾン流域特産のぽけっと[#「ぽけっと」に傍点]猿みたいにするする[#「するする」に傍点]と船腹《サイド》の縄梯子《ジャコップ》を這い上って甲板へ現れる。これが真夜中の船の女客――船上商人《シップ・チャン》リンピイがひそかに駆り集めて来た「商品」だ。が、これも、昼間の市民としては、女中や場末の売子をしてる女達――相当若いの・かなり若いの・ほんとに若いの・少女めいたの・肥ったの・瘠《や》せたの・丸顔の・面長《おもなが》なの・金毛の・黒髪の――。
 それらが次ぎつぎに船の手すりを跨《また》ぎながら、細い、太い、円い、めいめい色
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