ウもなくて、ああのべつ幕なしに甘いもの――名物こんぺいとう・乾し無花果《いちぢく》・水瓜《すいか》の皮の砂糖煮・等等等――を頬ばっていられるわけがなかったし、そのため、今にもぱちん[#「ぱちん」に傍点]と音がして破けそうに肥っていたが、そのうえ、恐ろしいまでにあらゆる無恥と醜行に慣れ切っていて、いかに同情をもって見ても、この女にはいささか病的に欠如しているものがあった。それでも、港々の売春婦《プウタ》なみに彼ら社会の常識だけは心得ていて、自分ではちゃあん[#「ちゃあん」に傍点]と仏蘭西《フランス》生れと名乗っていた。そして、何と素晴しいふらんす語をこのふらんす女の白熊テレサが話したことよ! 「めあすい」とジョンティ・ミニョンとこむさ[#「こむさ」に傍点]と「ねすぱ?」と! これでも判るとおり、彼女は生え抜きの――流行雑誌のもでる[#「もでる」に傍点]と、一九二七年度の巴里《パリー》の俗歌以外には仏蘭西なんかその smell も知らない――ほるつがる人で、現に、「|太陽の岸《コスタ・デ・ソル》」サン・ペドロの村はずれで馬の爪へ鉄靴をはかせる稼業をいとなんでる父親が、二週間に一度のわりで小遣いをせびりに出市していた。が、なぜこう、売春婦という売春婦が、売春婦になると同時にふらんす女――ことに巴里《パリー》から流れてきた――をもって自任し出すんだろう? 眼の黒い女・碧《あお》い女・茶いろの女・髪の毛の黒い女・それほど黒くない女・むしろ赤ちゃけた女――要するにすべての女が、すこしでも外国めいた点地《タッチ》があると人工的にそこを強調し、どう探しても無いやつ[#「やつ」に傍点]は無理にも作って――自由な自国語を商売のときだけ御丁寧に不自由らしく片ことで話したりなど――どれもこれも、先天的器用さをもって仏蘭西《フランス》うまれに化けすましてしまう。だから、ふらんす以外の土地で、売春婦というと、片っぱしから自称ふらんす女・巴里おんなにきまってる。近いためしが、このりすぼあ[#「りすぼあ」に傍点]のバイロ・アルトだけでも、テレサを筆頭に、何と多くの葡萄牙《ポルトガル》の女が、チェッコ・スロヴァキアの女が、波蘭土《ポーランド》の女が、ぶるがりあの女が、揃いもそろって仏蘭西生れ、巴里うまれであったことよ! この売春婦の非公式ふらんす帰化の心理には、いくぶんそこに、じぶんの行為によって自
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