アとが多かった。子供は痴呆らしかった。なぜなら、猫を発見すると正確に石を投げる習慣だった。そして、十か十一のくせに、しじゅう地べたに寝ころんで母親の乳房とばかり遊んでた。この一家を引率して、老人は一日じゅう陽の当るところを転々していた。が、稼業だけは忘れなかった。だから彼らは、海底のような夕方の建物の影が落ちて来ても、郵便局からはあんまり遠くへ離れようとしなかった。お昼御飯にはやはり七輪の炭火に直《じ》かに鰯と塩を抛り出して、焼きながら頬張っていた。その黄白い魚臭が冬晴れの日光に波紋して、修築中の郵便局の屋根へ、鎖で縛った瓦《かわら》の束がするすると捲き上って行った。
 向う岸はカシイアスの要塞だ。正午《ひる》はそこにも鰯を焼く煙りがあった。蒼ぞらでは、ほるつがる国陸軍爆撃機の生意気な二列縦隊だった。その真下の沖に、鋼鉄色に化粧した木造巡洋艦が欠伸《あくび》していた。これは領海に出没する隣国すぺいんの海老《えび》採り漁船を追っ払うための勇敢な海軍である。洗濯物が全艦を飾って、ここにも鰯をやくけむりが大演習の煙幕のようにMOMOと罩《こ》めわたっていた。

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 こういうりすぼんの波止場だ。
 この、表面白っぽく間の抜けた底に、どこか田舎者めいた強情な狡猾さがぷうん[#「ぷうん」に傍点]と香《にお》って、決してこれだけが全部でないことを暗示《ヒント》していた。果して夜! You know, 闇黒は桟橋を物語化し、そして夜の波止場は紳士を排斥する。昼間の Seemingly に平和な自己満足のかわりに、そこには一変して酒精分の暴動《ライオト》だ。平《たいら》な地面に慣れない水夫達の上陸行列だ。海の口笛と、白い女の顔だ。しなり[#「しなり」に傍点]のいいマニラ帆綱《ロウプ》のさきに、鉄鋲《ナッツ》を結びつけた喧嘩用武器の|大見せ場《デスプレイ》だ。放尿する売春婦《プウタ》と暗い街灯の眼くばせだ。船員の罵声と空地の機械屑だ。飛行する酒壜と、人に肩をぶつけて歩く海の男たちの潮流。問題《トラブル》を求めて血走ってる彼らの眼。倉庫うらに並立する四十女の口紅。いつからともなく棄てられたまま根が生えてる赤|汽缶《ボイラ》のかげに、銀エスクウド二枚で即座に土に外套を敷く人妻。草に隠れてその張り番をする良人《おっと》。SO! あらゆる無恥と邪悪《ヴァイス》と騒擾《そうじょう》
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