たように、これだって君、あの、この頃産業的に需用の多い「朝飯《あさめし》の食卓で焼麺麭《トウスト》・卵子・珈琲《コーヒー》と一しょに消化してあとへ残らない程度の退屈で幸福な近代結婚生活の小説」の作例には、ちゃんとなってるじゃないか。BAH!
で、とにかくリンピイの Who's Who へかかる。
彼の商売は三つから成り立っていた。
第一にリンピイは、マルガリイダという五十近い妻と一しょに、市の|山の手《バイロ・アルト》に独特の考案になる魔窟《まくつ》をひらいていた。マルガリイダは、CINTRAの古城のように骨張った、そして、不平で耐《たま》らない七面鳥みたいに絶えず何事か呪い喚《わめ》いてる存在で、リンピイの人生全体に騒々しく君臨していたと言っていい。そのうえ彼女は恐ろしくけち[#「けち」に傍点]だったし、自分の思いつき一つで家《ハウス》が流行《はや》ったので、しぜん稼業のことはすっかり一人で支配していて、リンピイは more or less そこの居候《いそうろう》みたいに、波止場《カイス》の客引きだけを専門にしていた。それも、実際マルガリイダ婆さんに言わせると、リンピイなんか居てもいなくてもいいんだけれど、商売の性質上、男のにらみ[#「にらみ」に傍点]の必要な場合もあったし、それに、リンピイは跛足のくせに素晴しく|喧嘩が上手《ハンディ・アト・フィスト》だったから、お婆さんも重宝がって、格別追い出そうともせずにただ顎《あご》だけ預けとくがいいよと言った程度に置いてやっていたのだ。この「マルガリイダの家」の呼び物は、テレサという白熊のような仏蘭西《フランス》女の一夜の身体《からだ》を懸賞に博奕《ばくち》をさせるのだった。だから、いつ行っても寄港中の船員がわいわい[#「わいわい」に傍点]してて、マルガリイダ婆さんの靴下は紙幣束《さつたば》でふくれてた。が、このリンピイとマルガリイダは、お互いにどまでも経済的独立を厳守する夫婦関係――何と近代的な!――だった。と言うより、つまりそれは、彼女が彼に充分な儲けを別《わ》けて与《や》らなかったからだが、そこで当然リンピイは、妻の一使用人として以外に自分だけの内職を持っていた。ここに企業家リンピイ・リンプの非凡な着眼が窺われる。すなわち、第二に彼は、一種の「船上出張商人《ヴェンデドゥル・デ・アポルド》」――英語で謂《い》う
前へ
次へ
全40ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング