Z十年の不作」籤《くじ》を引き当てちゃあかなわないから、男だって相当に警戒するんだろうが、どうも古代から受身のせいか、物語のうえでは女ばかりが嫌《いや》に被害妄念をもって用心することになってる。では、どう要心するかというと、ここに一対の青年男女があって恋を知り、両方の親達が許し合うと、これがほかの国だと文句なしに早速結婚しちまうところなんだが、西班牙《スペイン》ではそうは往かない。ここにはじめて男のまえに、長い試煉の月日が展開し出すのである。AH!
 親が承知の婚約の仲だから、男も、昼は公然と訪問する。これはまあいい。厄介なのは夜だ。可哀そうな男《セニョル》は、毎晩毎晩CAPAと称する黒い円套《マント》――裏に凝《こ》って、赤と緑のだんだん[#「だんだん」に傍点]の天鵞絨《びろうど》なんかを付けて通《つう》がってる――そいつをすこし裏の見えるように引っかけ、ボイナ[#「ボイナ」に傍点]というぽっち[#「ぽっち」に傍点]のついた大黒帽《だいこくぼう》の従弟《いとこ》みたいな物をいただき、もっと気取ったやつはカパのなかにギタアを忍ばせたりして、深夜に女《セニョリタ》の住む窓の下へ出かける。そして、南へレス産の黄葡萄酒よ! と合言葉を投げると、内部から、おお! 北リオハの赤葡萄酒! とか何とか応えながら、女が窓を開ける。時刻は予《かね》て打ちあわせてあるから、女《セニョリタ》は厚化粧をして待っていて、古城の姫君にでもなった気ですっかり片づけている。ここにおいて数分間、窓を通じて内外に恋のやりとり[#「やりとり」に傍点]があるんだが、この場合、いくら公認の忍びでもギタアを引っ掻いたりしちゃあ近処の迷惑になるから、たいがい沈黙のうちに両人同じ月を眺めて溜息をつくくらいのものだ。これが毎夜毎夜毎夜――以下無数――に継続する。しかし、ただ窓をとおして顔を見あったり饒舌《しゃべ》ったりするだけのことだから、まるで動物園にお百度を踏むのと同じで、通うと言ったところで、単に男《セニョル》のほうで、愛の恒久性、恋の保証をこういう手段で見本《サンプル》に示すに過ぎない。だから、これにへこたれて通勤を止《よ》しちまった男《セニョル》は直ぐ駄目になるわけだが、来る夜もくる夜も根気よく窓の下に立っていると、お前、こんどのは割りに長つづきするじゃないか、なんかとまず、女の両親、ことに母者人《ははじゃびと》が呆《あき》れ半分に感心し、男《セニョル》の誠実|相解《あいわか》った! と古風に手を打ったりして、あとはすらすら[#「すらすら」に傍点]と事が運び、間もなく神の意思に花が咲くといった経路だ。どうも廻りくどいが未《いま》だにやってる。私もいつか、セルヴァンテスの家を探してあるきまわった晩なんか、くらい横町にあちこち窓を見上げて立っている青年をふたりも三人も見かけたものだった。通行人も巡警もこればかりは知らん顔してとおり過ぎることにしている。それはいいが、なかには、一晩に二、三個の窓を掛け持ちして、自転車を飛ばして走りまわっている、私立大学のPROFみたいに多忙なのもあったりして、自然この「西班牙《スペイン》国青春男女婚約期間」には悲喜こもごも幾多の秘話があるんだが、元来これは闘牛のはなしのはずだから、そこで、無理にも筋を牛のほうへ捻《ね》じ向けよう。
 が、これで判った。つまりドン・モラガスはうち[#「うち」に傍点]のペトラと許婚《いいなずけ》の間で、目下せっせ[#「せっせ」に傍点]と窓通いをやってる最中なんだが、ドン・ホルヘはそんなことは知らない。夜中に窓の下でごそごそ[#「ごそごそ」に傍点]人声がするのは、てっきり主馬頭夫人《セニョラ・モンテイラ》の旧恋人たちの幽霊だろうと思いこみ――まあさ、一たい何だろうと窓を開けて見下ろしたところが、丘の街マドリッドを明方の熟睡と月光が占領し――下のペトラの窓にへばり[#「へばり」に傍点]ついて、
『ねえペトラさん、まだ話が決まりそうもないでしょうか。僕あもう闇黒《くらやみ》の中で眼をつぶって歩いても、ひとりでにこの窓の下へ来るようになりましたよ。』
『まあ! でも、まだらしいのよドン・モラガス。だって、お母さんたら、うちのお父さんはわたしんとこへもうこの三倍も通いました、なんて言ってるんですもの。』
 などと、いすぱにあモダン・ガアル「窓のペトラ」と盛んにTETE・A・TETEしてたらしい役者ドン・モラガスが、はっ[#「はっ」に傍点]とびっくりして上を見あげたから、私もばつ[#「ばつ」に傍点]が悪い。あわてて深呼吸をしながら遠くへ眼をそらすと、遊子ドン・ホルヘの顔いっばいに月が照らして――ま、そんなことはどうでもいい。
 話題を闘牛へ戻す。


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 燃え立つ太陽・燃え立つ砂塵・燃え立つ群集・燃え立つ会
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