一座にメリイ・カルヴィンという女優がいる。』
『誤魔化《ごまか》しちゃいけない。闘牛はどうしたんだ?』
『だからその闘牛のことだが、君、メリイ・カルヴィンって名をどう思う?』
『どう思うって別に――ただ西班牙《スペイン》名じゃないな。』
『そうだ。アングロ・サクソンの名だね。事実メリイ・カルヴィンは亜米利加《アメリカ》人なんだ。』
『何だ、面白くもないじゃないか。』
『ところが面白い。』ドン・モラガスはひとりで勝手に面白がって、『いいかい。おまけに彼女は紐育《ニューヨーク》の金持のひとり娘なんだ――では、どうしてこの、紐育《ニューヨーク》富豪の令嬢メリイ・カルヴィンが西班牙《スペイン》芝居の下っぱ女優をつとめていなければならないか――ドン・ホルヘ、まあ聞き給え。これには一条の物語がある。』
 なんかと、いやに調子づいたドン・モラガスが、舞台では見られない活々《いきいき》さをもって独特の金切声を張り上げるのを聞いてみると、こうだ。
 HOTEL・RITZ――マドリッド第一のホテル――の数年まえの止宿人名簿を探すと、メリイ・カルヴィンの自署を発見するに相違ない。あめりかのちょいとした家の子女が誰もかれもするように、学校卒業と同時に最後の|みがき《ポリッシュ》をかけるべく「|大陸をして《ドュイング・ゼ・カンテネント》」いた彼女が、無事にこの西班牙《スペイン》国マドリッド市まで来たとき、それはちょうど季節《テンポラダ》で、血の年中行事が市全体を狂的に引っ掻《か》き廻している最中だった。
 すぺいんへの旅行者は闘牛だけは見逃さない。早速彼女も出かけて行った。そして勿論、正確に気絶したひとりだった。気絶どころか、二、三日食物も咽喉《のど》へ通らないで床に就いたくらいだが、こうして寝ながら、メリイ・カルヴィンは考えたのだ。どうしてああ西班牙《スペイン》人がみんな面白がって見てるのに、自分だけ気絶なんかしたんだろう? こんなはずはない。Something wrong これはきっと解ると自分も好きになるに相違ない。いや、どうしても好きにならなければならない――と、ここに妙な決心を固めて、それから一週間延ばしに旅程を変更しちゃあ毎日曜日に闘牛へ通い出した。が、やっぱり駄目だ。あのピカドウルの槍の先に血が光るのを見ると、彼女は、何と自分を叱っても身ぶるいがして来て、その次ぎもそのつぎも、
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