一条件とする。とにかく、すべての方面から観察してこれで宜《よ》しということになって、はじめてマドリッドなりセヴィラなりバルセロナなりの晴れの闘牛場へ引き出されるのだが、その時の牛は、きょうの「牛の略歴」に徴しても解るとおり、また現にいま、私の眼下に黄塵を上げて荒れ狂ってる「黒い小山」を見ても頷首《うなず》けるように、牛骨飽くまで太高く、牛肉肥大、牛皮鉄板のごとく闘志満々、牛眼らんらん[#「らんらん」に傍点]として全くの一大野獣である。この闘牛《トウロス》の値段は、なみ[#「なみ」に傍点]牛のところで一頭三千ペセタ――千円――が通り相場だが、今日のような年一回の赤十字慈善興行なんかに出場する「幸運牛」になると、あらゆる牛格を完全以上に具備していて闘牛《トウロス》中の王者というわけだから、値段も張ってまず七千から一万ペセタ――三千二、三百円――に上る。したがって闘牛養牧場《ガナデリア》―― Ganaderias ――は、西班牙《スペイン》では栄誉と金銭が相伴う最高企業の一つだ。が、立派な闘牛の産地は歴史によって昔からきまっていて、今のところ二個処ある。きょうの闘牛《トウロス》ドン・カルヴァリヨ氏――現在ここであばれてる牛の名――を出したヴェラガ公爵の闘牛場《ガナデリア》と、もう一つセニョオラ・MIURAのガナデリアと、このふたつとも南のアンダルシア地方にある。一たい闘牛士も闘牛《トウロス》も、多くこのアンダルシアから産出して、そうでないと本格でないほどに思われてるんだが、これは、ドン・ホルヘの察するところ、該方面には、人にも牛にも比較的多分にあらびや[#「あらびや」に傍点]人の好戦的血統が残留してるためだろう。
 この闘牛《トウロス》をいよいよ最後の運命地、市内の闘牛場へ運び入れるのがまた大変なさわぎだ。どこまでも猛獣という観念を尊重し、巌畳《がんじょう》な檻《おり》へ入れて特別仕立ての貨車で輸送する。停車場から闘牛場まではなおさら、法律によって、檻のまんまでなければ決して運んでならないことに規定されてる。だから、単に積んだ鉄檻の猛牛に送牛人《カベストロ》と称する専門家が附いてえんさえんさ[#「えんさえんさ」に傍点]と都大路を練ってくところは大した見物《みもの》だ。さあ、これが今度の闘牛《トウロス》の牛だとあって、はじめから切符を諦めてる貧民連中なんか、せめては勇壮なる
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