煤uざあっ」に傍点]と水の音がし出した。
 壁の穴は模様のぽちぽち[#「ぽちぽち」に傍点]に隠れて内部からは気がつかない。
 誰も見てないと思うから、マルセルだって平気だ。部屋を横切って、浴室の扉《ドア》をあけ放したまんま、お湯の栓を捻《ねじ》っている。お湯は直ぐ一ぱいになった。ちょっと手を入れてみて、マアセルは、熱《あつ》う! というように顔をしかめた。見ている隊員が躍起になって「水をうめろ水を」と心中に絶叫する。言われるまでもなく、マアセルは事務的に水を出した。そして、ゆっくりお湯につかって、しずかに天井を研究している。
「女給生活の一日」――なんてことを考えているに相違ない。
 と、突然立ち上った。赤くなったマアセルだ。それが、いきなり自暴《やけ》にそこここ洗い出した。石鹸《しゃぼん》の泡が盛大に飛散する――と思っていると、ざぶっ[#「ざぶっ」に傍点]とつかって忽《たちま》ち湯船を出た。烏《からす》の行水みたいに早いおぶうである。
 あとはもっと簡単だった。丁寧にタオルで拭いたマアセルは、浴室をそのままにして寝室へ帰って来た。鏡台のまえで顔に何か塗りつけた。そして今は、姿見に全身
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