闔汨諱Aその状況顛末・操縦者の姓名――なるべく本名――生年月日・欧洲戦争に出陣したりや否や――ついでだが、巴里ではこの、大戦に参加したかしなかったかによって個人の待遇に大変な差別が生ずる。それも、負傷でもしたんだと一そういい。傷が大きければ大きいほど大きな顔が出来るようだ。だから、梯子《はしご》段から墜落して腰でも折ったやつ[#「やつ」に傍点]が杖に縋《すが》って町を歩いていたりすると、あれあヴェルダンの勇士だろう。道理で勇敢な顔をしてるなんかと行人のささやき[#「ささやき」に傍点]と尊敬の眼が集まる。じっさい巴里における癈兵《はいへい》の社会的権力と来たら凄《すさ》まじいもので、地下鉄《メトロ》には特別の席があるし、癈兵が手を出したら煙草でも時計でも衣服でも全財産を即座に提供して、おまけにこっちから「多謝《メルシ・ボクウ》」と言わなくちゃならないし、飾窓《ウインデ》を叩き割って犬を蹴って、ついでに巡査も蹴って、それから大道にぐっすり寝込んでも、つまりいかなる活躍も癈兵なら一向差しつかえないことになっている。癈兵でさえこうだから、これが戦死者となると実に大した勢いで、巴里《パリー》の街
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