・ケイが死んでから二年になる。
 二日がけで西南バトン潮に沿うヴァッドスナ町に彼女の家を訪ねた。家の名をモルバッカ“Morbacka”という。女史の遺志によって今は一種の婦人ホウムになっている。湖畔の一夜。
 そうだ。
 もっと――もっともっと北へのぼろう。
 バルチックを横断してフィンランドへ――となって、そこで或る薄暮。
 うら淋しいスケプスブロンの波止場からS・Sオイホナ号へ乗りこむ。
 雨の出港。濡れる灯のストックホルム。
 バルチック海。
 と、たちまちまた小別荘、松、灯台を載せた小群島《アウチペラゴ》が私たちのまわりに。
 船に近くあるいは遠く、蟠《わだか》まり、伸び上り、寝そべり、ささやきあい、忍び笑いし、争ってうしろへ消えていく驚くべき多島――これから芬蘭土《フィンランド》へルシングフォウスまで海上一昼夜の旅だ。やがて新興の Land of Thousands Lakes が私達のまえにほほえむだろう。
 風が出た。
 鉄綱《ワイヤ》のうなりが一晩耳につく。

   SUOMI

 フィンランド共和国は欧羅巴《ヨーロッパ》の最北端に位し、北緯六十度と七十度のあいだにある
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