lあり。美味。その他得体の知れないものには注意を要す。モットウとして、経験ある隣人の皿を白眼《にら》んでそれにならうこと。
 で、食後。
 甲板。
 白い夜にキャンヴァス張りの寝椅子を並べて、おそくまで語る。彼女と私と、狩りに行くいぎりすの老貴族とベルゲンの女富豪と、あめりかの観光客と埃及《エジプト》人の医学生と。
 彼らの持ち寄る、世界のあらゆる隠れた隅々の物語に、星がまたたき、潮ざいが船をつつみ、時鐘が鳴りわたって、ときのうつるのを忘れる。
 翌日。
 ちょっと諾威《ノウルエー》のホルテン港へ寄る。海軍根拠地のあるところだ。飛行機がマストとすれずれに船をかすめる。ひくい丘の中腹にお菓子のような色彩的な家の散在。無線電信の棒に大きな鳥が何羽も群れとんでいる。
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ミュレル・トュルベンテ!
ミュレル・トュルベンテ!
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 声がする。はだしの子供たちが船の下の桟橋で何か呼び売りしているのだ。
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みゅれる・とゅるべんて!
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 一種の桜んぼである。ミュレルがさくらんぼなのか、それともトュルベンテがそれなの
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