ニ仲々の訓練と勇気と進取の気象を要する。何しろ、食堂じゅうの人が立ってきて、われなにを飲み――もっとも飲み物はないが――何をくらわんかと、狭い場所で堂々めぐりをはじめるんだから、何となく本能をさらけ出すようで面映《おもはゆ》くもあるし、そうかと言って、厳粛に事務的であるためにはあまりに雑沓している。ここにおいてか、いぎりすのA氏は不器用な手つきで一|片《きれ》のトマトのために大の男――しかも紳士!――が汗をかき、あめりかのB氏は瞳をひらめかしてあれかこれかと徒《いたず》らに検査して歩き、C夫人は、この衆人環視のなかでいかにして最も上品に一匹の鰯《いわし》――すでに死去して缶詰にされてるやつ[#「やつ」に傍点]――をおのが皿の上に釣りあげるべきかとひそかに苦悩し、諾威《ノウルエー》産のD氏はそれらを尻目に逸早く自己の欲するものを発見し、捕獲し、この群集に揉《も》まれもまれて一日本婦人――彼女――は食卓へ近づけずに悲鳴をあげ、それを救助すべく良人《おっと》なる日本人がフォウクを武器に持前の軍国主義《ミリタリズム》を発揮して人の足を踏み、そういううちにも青菜《レタス》は刻々に減り、腸詰は見る
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