ぜん》「市楽所《しらくしょ》」の空気だ。横へ出たところに植込みをめぐらしたあき地があって、雪のように真っ白に鳩が下りている。母や姉らしい人につれられた子供達が餌《え》をやっているのだった。
 すぐそばの通りにふるい大きな家がある。
 多くの風雨を知っているらしい老齢の建物だ。それを「|老人の都会《シティ・オヴ・オウルド・エイジ》」と呼ぶ。名の示すごとく養老院で、収容者のなかで手の動くものは何かの手工芸をして一週間一クロウネずつ貰う。一クロウネは約わが半円である。私は想像する――あの窓からこの広場の鳩と子供のむれを見おろしながら、覚束《おぼつか》ない指さきで細工物にいそしむ、やっと生きているような老人たち。彼らにとって一週一クロウネはどんなにか待たれる享楽であり贅沢であろう! なぜならお爺さんは、それでたばこ[#「たばこ」に傍点]を買えるし、お婆さんは、日曜着の襟《えり》のまわりに笹絹《レイス》を飾ったり、それとも、好きなおじいさんへ煙草を贈ることも出来ようから――。
 医師、床屋、売店、庭園、演芸場、その他日常生活に必要なすべてがこのなかに完備していて、年老いた人達は一歩もそとへ出ない
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