ゥあき[#「かあき」に傍点]色の|半ずぼん《ニッカアス》をはいた、貧しい、けれど清々《すがすが》しい少年の姿は、私にとっていつも完全にコペンハアゲンを説明し代表し、コペンハアゲンそれ自身でさえあり得るのだ。
 一たいこんな凡庸《カマンプレイス》な街上風景の片鱗ほど、力づよく旅人を打つものはあるまい。旅にいると誰でも詩人だからだ。あるいは、すくなくとも詩人に近いほど羸弱《るいじゃく》な感電体になっている。それは、周囲に活動する実社会とは直接何らの関係もない淋しさでもあろう。だから旅行者はみんな発作的に詩人であると私は主張する。
 What is IT ? 
 私は見る。それぞれのEN・ROUTEに動きまわっている男と女と自動車。それら力の発散するおびただしい歴史と清新と自負と制度の香《か》〔C'est tout de me^me ?〕 しかし、この瞬間、彼らが何を思い、どんな人生をそのうじろに引きずり、底になにが沈澱していることだろう?――すると、色彩と系統をまったく異《こと》にした一有機体に、私はいま直面している探検意識を感ぜずにはいられない。男は足早に、女は食料品の籠をかかえて飾り窓を覗き、自動車は義務としてそれら善良な市民と、より善良な市民の神経とを絶[#「絶」は底本では「超」]えずおびやかしながら、すべてが楽しく平和に――コペンハーゲンはこんなにも秋の静物だった。その「|彼はすこしの土地を買った《コペンハアゲン》」市の、ここは最も古い区域の中央、「|王の新市場《コンゲンス・ニュウトルフ》」という名の一つの広場である。
 What is THIS ?
 コペンハアゲンは私たちのまわりにある。
 ふたたび歴史と新鮮と自負と制度と――縮図英吉利《ミニアチェア・イングランド》のにおいがぷんぷん鼻をついて、北国らしく重々しい空気に農民的な女の頬の赤さ。それに、いうところの国民文化の高い国だけに何もかもが智的――智的《インテリジェント》な牛乳と智的な乾酪《チーズ》、智的な玉子と智的な――とにかく、ながらく表面から忘れられていた種族が、近代産業革命の余波にあおられて片隅にうかびあがり、「学術応用」のあらゆる小完成を実行――それはじつにアングロ・サクソンに酷似した slow but sure な実行力だ――して、今やみずからの経営にすっかり陶酔しきっている光景を眼《ま》のあたりに発見している私達のすぐ横手、つまりこの「あたらしい王さまの市場」から、一ぽんの狭い往来が左へ延びて、凹凸《おうとつ》のはげしい石畳・古風な構えの家々・地下室から鋏の聞える床屋・作り物のバナナを軒《のき》いっぱいに吊るした水菓子屋・そのとなりのようやく身体《からだ》がはいるくらいの露路へ夢のようにぼやけてゆく老婆の杖・瀬戸物屋の店に出ている日本の Hotei・朝から夕方のような紫の半闇・ゆっくりと一歩々々を味《あじわ》うようにあるきまわっている北欧哲人のむれ・そして建物の屋根を斜《ななめ》に辷《すべ》る陽ざしが、反対側の二階から上だけを明るく染め出しているコンゲンスガアドの町――「こぺんはあげん」は身辺のどこにでも転がっている。
 むかし、ロスキルドのアブサロン僧正という坊さんが、ここバルチック海の咽喉《のど》ズイランド島に「すこしの土地を買った」。この「彼はすこしの土地を買った―― He Bought a Bit of Land」という文句を丁抹《デンマーク》語でいうと、取りも直さずクプンハアフンで、かくのごとく一つの完全な意味をもつくらいの比較的長い文章だから、このデンマアクの首府ほど各国語によってそれぞれ自国風に異なった発音で呼ばれているところはあるまい。それがいま人口七十万を擁してアマゲル島の一部に跨《また》がり、その市政、その博物館、その教育機関と社会的施設――。
 What is THAT ?
 じつに色んなものが私の視野を出たりはいったりする。
 まず、歌劇役者のような伊達《だて》者の若紳士が、白の手袋に白いスパッツを着用し、舞台の親王《しんのう》さまみたいに胸を張って私たちの真向いの額縁屋へ消えた――と思ったらすぐ、今度は帽子なしで羽ばたきを手に店頭へあらわれ、職業的ものしずかさでそこらの塵埃を払い出した――のや、蕪《かぶ》と玉菜《たまな》と百姓を満載したFORD――フォウドは何国《どこ》でも蕪と玉菜と百姓のほか満載しない――や、軽業《かるわざ》用みたいにばか[#「ばか」に傍点]にせいの高い自転車や、犬や坊さんや兵士や、やがて、悪臭とともに一輌の手押車がきた。羊か何かの剥《は》いだばかりの皮を山のように積んで、車輪から敷石まで血がぽたぽた落ちている。私達が思わず鼻を覆ったら、車の主の、焦茶《こげちゃ》色の僧服みたいなものを着た、ベトウヴェンのような顔
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