すっ[#「すっ」に傍点]飛んでしまい、それからこっち片っぽだけかわりに木の義足をつけている。
また或る頁。
水晶街の角にも有名な三位一体教会の円塔というのがある。このほうは外部にもなかにも階段がない。ただ急傾斜の道が内側をまわって上に出ている。伝説に曰く。ピイタア大帝――ついでだが、この人ほどいたるところに色んな足あとを遺《のこ》してる大帝もない――そのピイタア大帝、四頭立ての馬車を駆って塔内を駈けあがる、と。
ほかの頁。
TIVOLI。特色ある北国の遊園。ひろい地域に壮麗な樹木・芝生・音楽堂・劇場――アポロ、スカラ、パレス等――がちらばり、東西に二大料理店あり。アレナとウイヴェルス。後者は特に交響楽に名をとっているが、食べさせるものは両方ともかなりに乙《シック》。
また他の頁。
市の西北にロウぜンボルグ城あり。城外の庭園に「世界の子供の友」アンデルセンの像。
またほかの頁。
コペンハアゲンの人ぜんたいがみんな自分のものとして愛しているという市役所《ラアドハス》。市民的に宏大な広間《ホウル》に用のなさそうな人影がちらほら動いて、「市役所」の感じはすこしもない。宛然《えんぜん》「市楽所《しらくしょ》」の空気だ。横へ出たところに植込みをめぐらしたあき地があって、雪のように真っ白に鳩が下りている。母や姉らしい人につれられた子供達が餌《え》をやっているのだった。
すぐそばの通りにふるい大きな家がある。
多くの風雨を知っているらしい老齢の建物だ。それを「|老人の都会《シティ・オヴ・オウルド・エイジ》」と呼ぶ。名の示すごとく養老院で、収容者のなかで手の動くものは何かの手工芸をして一週間一クロウネずつ貰う。一クロウネは約わが半円である。私は想像する――あの窓からこの広場の鳩と子供のむれを見おろしながら、覚束《おぼつか》ない指さきで細工物にいそしむ、やっと生きているような老人たち。彼らにとって一週一クロウネはどんなにか待たれる享楽であり贅沢であろう! なぜならお爺さんは、それでたばこ[#「たばこ」に傍点]を買えるし、お婆さんは、日曜着の襟《えり》のまわりに笹絹《レイス》を飾ったり、それとも、好きなおじいさんへ煙草を贈ることも出来ようから――。
医師、床屋、売店、庭園、演芸場、その他日常生活に必要なすべてがこのなかに完備していて、年老いた人達は一歩もそとへ出ないで済む。それじしんさまざまな小事件と感情とをつつむ一つの社会であろう。だから「老齢の都」という。この「都会」の窓から、その老市民たちが弱々しい手をふる。市役所の空地には子供と鳩との歓呼の声があがる。すると、それらに応えて、ひとりのせいの高い紳士が、そこの町角に立ち停まって笑いながら帽子に手をやっている。王様だ。コペンハアゲンの街上で人なみ外れて長身の紳士に出会ったら、現陛下クリスチャン十世と思って間違いない。じっさい陛下は普通人より首ひとつ高く、そして暇さえあるとひとりで町を歩くのが、その何よりの Royal hobby だからだ――こうしてこの「老人の町」と市役所の鳩と子供らと、微笑する巨人王クリスチャン十世陛下とを結びつけて、そこに一風景を心描するとき、私は、コペンハアゲンの、というより丁抹《デンマーク》の全生活をはっきり[#「はっきり」に傍点]と見るような気がする。
もう一つ他の頁。
夜。一|哩《マイル》の長線道《ランゲリイネ》を自由港まで散歩。片側は城砦。いっぽうは海峡の水。コペンハアゲン訪問者の忘れてならない一夕《いっせき》のアドヴェンチュアだ。
附録の1。
七|哩《マイル》北に丁抹《デンマーク》が国家的に誇っているリングビイの教育都市。グルンドトリッグの国民高等学校・リングビイ農業学校・丁抹《デンマーク》国立農民博物館・SETO。
附録の2。
二日がけでフィエン島のオデンス市へ。バングス・ボデル街のかどにH・Cアンデルセンの生家。いまは彼の記念博物館。小父さん小母さんの聖地《パレスタイン》だけに日本の「おじさん」巌谷小波《いわやさざなみ》、久留島武彦《くるしまたけひこ》なんかという名刺も散見。グラアブルダ・トルフ街郵便局のそばに、またアンデルセンの像。
附録の3。
買物。コペンハアゲンには世界的に権威ある店が二軒ある。ともに陶器店で、ロウヤル・ポウセリンとケエレル。妻は、日本へ帰ってからお菓子鉢にしたいといって、オステルガアドのケエレルで波斯青《ペルシャン・ブルウ》の一器をもとめる。
ついでに、旅行中彼女の集めているものを列挙すると、第一に、方々の郷土服を着けた人形。第二に各地の|手提げ《ハンド・バッグ》、第三に――これはぜひ特筆大書を要する――各国婦人の美点。
私の「趣味の蒐集」――巻煙草の空箱《あきばこ》。見聞。「がいはくなちしき
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