で字下げ終わり]
 というようなことをつづけさまに喚《わめ》くのだ。のみならず、驚いたことには、一人はしきりに桃色の上着のポケットを示威的に叩いている。それも十五世紀のことだからピストルじゃあるまい。ナイフだろう。が、とにかくこれは立派な威嚇である。この聖代に容易ならない事件だ。とは言え、何だか訳のわからないこと夥《おびただ》しいが、察するところ彼らは、自分たちの町へ外来者、ことに異人種の私達なんかが見物にくるのを好まないらしい。そんならそうと早く言えばいいのに――もっとも、むこうにしてみれば散々いったんだろうが、なにもこっちだってそんなに嫌がる所へ無理に侵入しようとは言やしない。
『何だ? 君たちは一たいなにを騒いでるんだ? 帰ったらいいんだろう。帰るよ。』
 こうなると私も日本語だ。
[#ここから2字下げ]
わ・わ・わ・わわあっ!
[#ここで字下げ終わり]
 と一つ呶鳴り返しておいて、私は、出来るだけ悠然と彼女の腕をとってまた通りへ退却した。そうしたらやっぱり二十世紀の日光と安心と感謝が私によみがえった。が、覗いただけで私は満足している。十五世紀なんて、ちょっと聞くと浪漫的だが、なあに、いやに原色が好きで、気が利かなくて、不潔で不備で喧嘩《けんか》早くて、田舎者がみんなわいわい[#「わいわい」に傍点]言うばかりちっともわけの判らない、要するにおそろしく滅茶苦茶な時代だったにきまってる。私は現に見てきて、このとおりひどい目にあったんだから――。
[#ここから2字下げ]
わ・わ・わ・わ・わあっ!
る・る・る・る・るうっ!
[#ここで字下げ終わり]
 Hush ! What a hell !
 雨後・坂みち・さむぞら。
 郊外へ出ると到るところに植民住宅《コロニイ・ハウス》というのがある。ちいさな田園に小さな家が建っていて、一季節四百クロウネで夏のあいだ労働者の避暑に貸す。そして、二十年経つと家も土地も自分のものになるという仕くみ。市の経営である。
 ホルメンコウレンの山へ行く途中に市の病院を見る。貧富にかかわらず一日二クロウネ半が、手術から医薬から看護から間代《まだい》食費まですべてをふくむ入院料だという。植民住宅といいこの病院といい、スカンジナヴィアの国々はどこへ行ってもこうした社会施設が完備して発達しているのを見る。土地の人は、だから赤化しないんだと威張っている
前へ 次へ
全33ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング