『あら! だってこんな静かな日――。』
 などと私と彼女がささやきあったとたん、それはほんの瞬間的に私を襲った一種の「はかなさ」にすぎなかったものを、いまあとからこうして解剖し描写しているだけのことなのだ。
 が、運命へ向って骰子《とうし》を振る気もち――とでもいおうか、底に悲壮な一大決意がよこたわっているのは事実で、こればかりは、いかに老練な飛行家でも、その一つひとつの飛行ごとに新しく経験するところの内的動揺であるに相違ない。この壮烈な賭博感にのみ、近代人を魅縛し去らずにはおかない飛行のCHICがあるのだ。
 空の誘惑。
 AH! The Air Line !
 やっぱり何という「とれ・しっく」! Ultra modern !
 BUMP!
『正午十二時の飛行ですね?』
 声が私を哲学から呼び戻す。「科学信ずるに足るや、はたまた信ずべからざるか」の大きな、そしていつまで経っても堂々めぐりの問題から――。
 で、われに返ってここチャアルス・リジェント街の角、T・A社「|空の家《エア・ハウス》」の内部を見わたすと、茶いろのゴルフ服に身を固めた顔のどす黒い異形の一人物と、あきらかに結婚によ
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