トて、そのほんとの正真正銘の日本人なることを力説し主張すると、かれパブスト老は急に述懐的口調になって、
『しばらく日本人を見ませんでしたよ。そうさ、かれこれもう六、七年になるかなあ、夏でした。いや秋! 左様《さよう》、やはり夏だったね。年寄りの日本人の行商人がひとり絵を売りにきたね。日本の絵さ。うちへ泊ってこのさきの――。』
 どうも綿々として尽きない。仕方がないから黙って笑っていると、老人もひとりでに事務へ返って、最後にもう一度手紙を読みなおしてから、特権をもつ人の非常な重要さでつぎのように言った。
 第一に、私たちはいま一に運命の動きにかかる冒険《アドヴェンチュア》に面している事実を、はっきりと自覚しなければならないこと。なぜなら、Old Bill ――おやじはカイゼルのことをそう呼んでいた。オウルド・ビル、つまり年老いた前独帝ウィリアムだ!――にうまく会えるかどうかは、ただ運命が私達のうえに微笑《ほほえ》むか否かによってのみ決するのだから。というのは、老《オウルド》ビルはよくふらふら[#「ふらふら」に傍点]と風に吹かれてドュウルンの村をあるいている事がある。そして、おもてへ出だす
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