烽、一匹の大猫がゆっくりとつづき、塵埃《じんあい》の白い窓枠に干してある二足の木靴が恋をささやき、村の肉屋は豚肉のうえに居眠り、それへ村の医者が挨拶して通り、どこからか厩《うまや》のにおいとハモニカの音律が絡みあって流れ、横町にはすぐ麦畑がひらけ、退屈し切った麦に光る風がわたり、そうしてそれらのすべてのうえに夏の陽がじいっ[#「じいっ」に傍点]と照りつけたり、楡《にれ》のてっぺんにしつこい蝉《せみ》の声があったり、小犬がじぶんの尾と遊んでいたり、それを発見した二階の女が編物を中止して笑ったり、その笑いに一家|眷族《けんぞく》みな出てきて盛大に笑いこけたり、そこへ、話しに聞いたばかりで未だ実物を見たことのない日本人が、しかも夫婦で来ているとあって、唯一の旅人|御宿《おんやど》ホテル・パブストのまえに村ぜんたいが押しあいへし[#「へし」に傍点]合い、気味わるそうに凝視し批評しにやにや[#「にやにや」に傍点]し、おい、おれにもすこし見せろ、だの、やあ、何か饒舌《しゃべ》ってらあ、真黒な髪の毛だなあ、ことのと、いや、そのうるさいったら――さて、ひとりでいい気に進めてきたが、ここらでちょっとテン
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