ホ・異臭・呼声・温気。肩、肩、肩。上気した人の眼、眼、眼。何しろ今夜は町の祭りだ。
 一|法《フラン》から三法出して、私たちもその見世物の全部を軒なみに覗いてあるく。「顔じゅうに毛の生えている女」のまえで、私がセ・ビアン! トレ・ビアンと大声を発したら、見物の善男善女|頬《ほお》をかがやかしてトレ・ビアン! と和唱し私語《ささや》きあった。正直で単純で熱情的な、羅典《ラテン》とフレミシュの混血族である。彼らはしんから感嘆しているのだ。ただ一つ「蛙男《かわずおとこ》」にはへん[#「へん」に傍点]に吐きたくさせられた。これはほん物の不具者で、身長一尺未満――年齢五十歳前後――のからだに分別くさい巨大な顔が載《の》っかって、しかも極端にほそい小さな両手には、水掻きのようなものがついている。それが、何らの興味もなさそうにしずかに仏蘭西《フランス》語の俗歌をうたっていた。それは私も彼女も、当分食慾に支障をきたしたほどの眺めだった。
 アイスクリームを買いながらタキシを呼びとめ、そのタキシのなかでアイスクリームを食べつつ帰途につく。うしろからはまだ、祭りの雑音が夜風とともにタキシを追ってきていた。

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