覆《オウニング》の下をつたわっていく大男の巡査も、みんな一ようにまっくろなはんけち[#「はんけち」に傍点]で真黒な汗をふきながら―― now, つまり、珍しくあつい以外には、まず、しごく平和な夏の英都《ろんどん》の或る日の正午ちかく、詳しく言えば午前十時四十五分だった。いまや自動車の急流ひきも切らないウェストミンスタア橋の方角からあれよ[#「あれよ」に傍点]という間に一台駈けぬけてきたTAXIが、リジェント街とチャアルス街の角にぴたりと静止すると、そこの石造建築物のまえに手荷物とともにひらりと地に下り立った男女の東洋人があった。
旅装と覚悟ここにまったく成り、勇気りんりんとしてあたりを払わんばかり――AHA! 言うまでもなくそれは、これから巴里《パリー》へ飛ぼうとしている私と彼女だった。
とまあ、思いたまえ。
BUMP!
物語のいとぐちである。
さて――。
そこで、くだんの石造建築物の正面階段を登りながら、出来るだけ悠然と天を仰ぐと、空気の層がやたらに青く高く立って、テムズの河畔《エンバンクメント》にはずらり[#「ずらり」に傍点]と木かげに駄馬がやすみ、駄馬に蠅《はえ》が群
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