じめている淡灰色の莫大な妖怪が、前世界の動物のような筋骨だらけの身体《からだ》をジェリイみたいにこまかくふるわせて、おとなしく私たちの眼前にある。
 定期旅客機「銀のつばさ」である。なんと雲に擦《す》り切れ、空によごれたそのすがたの頼母《たのも》しく見えたことよ!
 あんなに積んで飛べるかしらと思うほど、客ぜんたいのトランクやらスウツケイスやら鞄やを山のように機の一部へ押しこんでいる。
 広場のせいか、飛行場へ行ってみると風がある。帽子の吹きとばされそうな強さだ。
『あら! ひどい風ね。』
『こうなると運を天にまかせるんだね、文字どおり。』
 見送り人の一団が遠くに――こわいとみえてそばへは来ないで――かたまって、やたらに手をふったりカメラを向けたりしている。このところちょっと「生きては再び地を踏まず」といった感慨が私たちを東洋的に昂然とさせる。言われるまま機のまえに並んでミス・ノリスのれんず[#「れんず」に傍点]へ社交用微笑を送りこんだのち、車掌――じゃない、機掌だ――に急《せ》き立てられて、他の乗客とともにどやどや[#「どやどや」に傍点]と階段をのぼって機の横腹《よこっぱら》に開いている入口をくぐる。
 フォウドのタキシが走り出すまえのような、へんに舞踏的な震動だ。
 が、何という愉快な小客間《プチ・サロン》! 機首が高いので坂のように傾斜している細長いキャビンに、両側に窓、みどり色のカアテン、それに沿って片っぽに十人ずつ二十の座席、緑いろ――そもそも緑色は人の神経を鎮静させる効用をもつ――びろうど張りのふくよかな肘掛椅子、上に網棚、まんなかに通路、絵笠をかぶった電灯、白服の給仕がひとり――「空をゆく応接室」と言っていい。
 一同またたく間に席へつく。中央部が一ばんいいと聞いていたので、ふたりは素走《すばし》っこく立ちまわって背後《うしろ》から五番目へ左右に別れて腰をおろす。妙にしらじらと冴えわたって、死生|命《めい》あり論ずるに足らずといった心境だ。おもむろに眼をうつして機内を見まわす。
 女、十六人――内訳、七十歳あまりの老婆ひとり、中老七人、若い細君――彼女を入れて――四人、女学生三人、五、六歳の少女ひとり。
 男、四人――うち自分を含む。但し男女とも国籍不明。これだけが「死なばもろとも」のみちづれである。
 Grrrr――が高くなり加速度になり、見送人は
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