キ。私もこちらで買って掛けかえました――何か蒐《あつ》めてる物? そう、行ったところで匙《さじ》をあつめています。』
 ここで羽左《うざ》がかえり見ると、東道役がいままで集めた記念匙《スヴェニア・スプン》を列挙する。
『ホノルル・桑港《サンフランシスコ》・ニウメキシコ・市伽古《シカゴ》・ナイヤガラ・紐育《ニューヨーク》・巴里・倫敦・エデンバラ・ストラットフォウドオンアヴォン。』
『それから、帰って楽屋へ飾ろうと思って方々で写真を買っています。』
 羽左衛門がつけ足した。
 何しろ、あのせっかく大きな耳が何の役にも立たないんだから、どうやら眼で見たことと、ほうぼうの日本人に言われたことしか這入っていないわけだ、などと誰やらわるくちをいった人もあったようだが、ただ一つ、たしかに実感と思えたのは、
『西洋じゃあ何でも自分でするからいい。ことにこうして旅をしていると、まあ自分のこたあじぶんでするほうが多がさあ。それが自然運動になります。それに食い物の時間がきまっていて、ほかの時に勝手に食うわけにいかない。日本じゃあんた、よる夜中に帰って来ても、ちゃあんと女中が起きて待ってて、茶を出す。すると意地がきたないから、おい、何か食うものあねえのか、なんてね――日本でこっちふうにやってごらんなさい。何だ、旦那が帰って来たのに茶も出さねえ――。』
 ここらで私たちも座を立った。
 帰ろうとすると、羽左衛門が東道役に時間をきいていた。
『タイム?』
 と英語で! じつに流暢な英語で!

   緑蔭

 芝生に日光がそそいで、近くはかげろう[#「かげろう」に傍点]に燃え、遠くは煙霧にかすみ、人はみどりに酔い、靴は炎熱に汗ばみ、花は蒼穹《そうきゅう》を呼吸し、自動車は薫風をつんざいて走り、自動車に犬が吠え、犬は白衣《びゃくえ》の佳人がパラソルを傾けて叱り、そのぱらそるに――やっぱり日光がそそぐ。
 まるで印象派の点描のように晴明な効果を享楽するのが、初夏のハイド・パアクだ。
 草に男女。遠足籠《ピクニク・バスケット》。サンドウィッチ。
 水にはボウトと白鳥と、それらの影。
 そうしていたるところに陽線と斑点と 〔te^te−a`−te^te〕 笑声。
 群集の会話。
 男と女・男と女・男と女。
 そのなかに私たちふたり。
 椅子にかけて、遠くの野外音楽が送ってよこすかすかな音の波紋に耳をあた
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