驍ニ決してしないんだから、一そう可愛くなかった。
『嫌な子ねえ、あのレミヨンって児。』
『うん。ちょっと病的なところが見えるね。やっぱりひよわ[#「ひよわ」に傍点]だからだろう。』
 などと私達は話しあっていたが、あんまりしつこく[#「しつこく」に傍点]呪面《メイク・フェイス》されると、なんだか小悪魔にでも魅入られているようで、つい私たちも不愉快な気持ちにされることが多かった。で、私もさまざまな顔をつくってレムの軽侮に応酬してやるんだが、つまりこんなわけで、私たち対レムのあいだには、近来戦雲あんたんたるものがあったのだ。
 悪戯――とあたまへ来ると一拍子に、私は早くからこの状態《シチュエイション》に思い当っていた。が、子供の仕業にしてはすこし毒があるようだ。こう考え直して、出来るだけレムを嫌疑者の表から除外しようとつとめたのだが、こう事態が逼迫《ひっぱく》していたところから見ると、あきらかに報復をふくんだレムのいたずらと判断するよりほか、仕方のないものがあった。留守中部屋は開けはなしなんだから、子供にだって訳なく出入り出来る。家は普通の大きさで、間数も相当あるんだけれど、往来にむかった二階の一室を私たちが借りているきりで、おなじ階《フロア》のほかの部屋も、三階も、下宿の看板を掲げて人さえ見ると来てもらいたがっているくせに、どういうものかがら[#「がら」に傍点]空《あ》きにあいているんだから、曲者《くせもの》がそとから這入ったんでない以上、それは一階に住んでいるこの家《や》の人々のうちの誰かに極限されるということになる。そして、それは、前にも言ったとおり主人夫婦とレムだけなのだ。
『レムね。』
『レムにきまってる――あいつ、恐ろしく調子に乗る質《たち》の子供だから、黙っておくとこれからも何を仕出すか知れやしない。とにかく、この靴の水を棄てて、それからミセスを呼んで一つ皮肉に注意してやろう。それも、何もレム公が水をつぐ現場を見たわけじゃあないんだから、こっちだってあんまり強くも言えないしね。』
『あら、ミセスを呼ぶんなら、水を暫らくそのままにしといて見せてやったほうが宜《よ》かなくって?』
 そこで私は、厳然と威儀をととのえて、その、水入りの丼《どんぶり》みたいな靴のかたわらに立ち、彼女は勇躍しておかみさんを呼びに行った。おかみさんはすぐ来た。が、一眼《ひとめ》私の足も
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