て、ナオミ・グラハム夫人は兄が賭人《ブッキイ》をしているのでいろいろ玄人《くろうと》の予想《テップ》が貰えるけれど、私たちは馬の名によって第六感に訴えるほか仕方がない。名前の気に入ったやつを賭けるのだ。この姓名判断もあんまり莫迦《ばか》にならない証拠には、私は、これで第一回のランモア競馬に「|王様の行列《キングス・パレイド》」というのへ――名まえがいいから――二|志《シリン》賭けたら二十対一で二|磅《ポンド》――二十円ばかり――儲け、つぎのウォリングトン競馬にもこの方法により、こんどは彼女が「雷風《サンダア・スコウル》」で約五十円勝ち、大得意でいよいよダアビイになったところが――ここで私は思い出した。
きょうの六月六日が迫るにつれてこの二、三週間というものは、電車に乗っても料理屋《レストラン》へ行っても町を歩いても、車掌は切符をきりながら、給仕人は皿を運びながら、通行人は自動車に用心しながら、cat も spoon も、
『ダアビイには何が勝つでしょうね?』
『さあ――まずフラミンゴかキャメルフォウドでしょうな。』
『ダアビイは君、どの馬だと思う?』
『きまってらあな。キャメルフォウドかフラミンゴさ。』
『ねえ、ことしのダアビイじゃあ――。』
『あら嫌《いや》だ! もう判《わか》ってるじゃないの。フラミンゴか、さもなけりゃキャメルフォウドよ。』
なんかという騒ぎ。これを私が不幸にも小耳にはさんでいたので、今回にかぎり大事をとって独特の馬名判断法を廃し、その素晴しい人気《フェイヴァ》の二匹の馬をふたりのあいだに分けて、私はフラミンゴをとり、彼女はキャメルフォウドへ、各二|磅《ポンド》ずつ賭けた――ところが! 馬運つたなく、両頭ともに後塵を拝して、フェルステッドという余計な馬が一着をしめてしまったから、私たちもぺちゃんこだ。これでけち[#「けち」に傍点]がついたとみえてあとの三回も負けつづけ、ひと頃は一攫《いっかく》七十金も領していたのが、あとでしらべてみると、とどのつまり三|志《シリン》ばかりの損だった。このフェルステッドなる怪馬にはみんながやられたらしく、一同かぎりなく口惜《くや》しがっていた。ただ、私の知っている範囲では、これによって一財産つくった人が世界にふたりある。ひとりは、言うまでもなく馬の所有主ユウゴウ・カンリフ・オウエン卿で、卿は、二、三日まえに田舎
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