諱A結せよ!」
 第十一日。
 After all ――莫斯科《モスコウ》の心臓は「|赤い広場《クラスナヤ・プロシヤチ》」にあるといえよう。歴史と風雨で色のついた大クレムリンの石垣にそって、通行人と異臭のなかをイベリアンの門をくぐろうとすると、左の壁にマルクスの言葉「宗教は国民の亜片《アヘン》なり」が彫ってある。なるほど亜片だけになかなか捨て得ないとみえて、すぐ前の聖なる処女の御堂には蝋燭《ろうそく》の灯が燃え、おまいりの善男善女ひきも切らない。つい先ごろも復活祭の式の最中に各会堂へ共産党員があばれこみ、口笛に合わしてだんすをはじめ礼拝を妨害した事件があったという。広場に立つと、「恐怖のイワン」がカザン征服の記念に、バルマとポストニクのふたりの建築家に命じて一五五四から六〇年にわたってつくらせた、もざいくのお菓子のような聖《セント》バシルの寺院が南のはしに飾り物みたいに建っている。
 そして、その入口にアレキサンダア大王の首斬台が、石も鉄も錆《さび》もそのままに残っているのだ。黒ずんだ円い囲いに苔《こけ》が枯れ、中央の石柱には死刑囚をつないだ鎖がいまだに垂れさがって、段に立って振り返る
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