揩チてうろうろ[#「うろうろ」に傍点]している。列を作って順番を待つんだが、私は日本人だから――だろうと思うが――特別にさきにやってくれた。第一の机から第二の机、第三第四と引きまわされる。どこの机に控えているのも子供みたいな若い男か女ばかりだ。ばかにつんけん[#「つんけん」に傍点]威張っている。女は、べらべらの長着《フロック》をだらしなく引っかけて乳まで見えそうなのが紙巻をくわえながら判をついていたり、女工のようなのが人民を訊問していたり、裏店《うらだな》のおかみ然たるのが願書の不備を指摘して突っ返したり、これがみんなお役人なんだから何とも奇抜な光景である。ウクライナのお百姓が韃靼《だったん》人に、「ちょっくらものを伺いますだが」をやったり、その韃靼人が首を振ってにやにや笑ったり――私のところへも仏蘭西《フランス》語で何か訊《き》きにきたやつがある。首をふってにやにや[#「にやにや」に傍点]笑ってやる。
『お前は何のためにモスコウで降りたのか。』
 私の前の女中《ニウラ》のような十八、九の女が威丈高《いたけだか》に声をかける。
『芝居を見に。』
 ホテルの男が代弁する。心得たものだ。こ
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