ヘ世界いたるところに散らばっている「あめりかのお婆さん」の型。独逸《ドイツ》の女は、見たところ宣教師らしい。チェッコの男は支那の靴を常用し、もうひとりいる独逸人はゴルフ洋袴《ズボン》に身を固め、支那人T博士は各国語をあやつり一車中の代弁をつとめる。それに私たち夫婦。
これから九人の日本人がおなじ車に陣取ってひょうびょう[#「ひょうびょう」に傍点]たる西比利亜《シベリア》を疾走するのだから、そのア・ラ・ミカドなこと宛然《さながら》移動日本倶楽部の観がある。めいめい社会への接触点を異にしているために、ふだんは滅多に顔があわず、会っても社交的儀礼に終始するであろう人々が、ここに各人生の一頁を持ち寄って心おきなくおたがいの生活と人間を呈示しあって行く。旅なればこそだが、こうして旅行中に逢っては離れる「人の顔」ほど断面的にそして端的に印象を色どるものはあるまい。それは私にとっては、忘れ得ない感傷の泡沫でさえありうるのだ。
さて、新刊|西比利亜《シベリア》旅行案内。
第一章、地理的概念。
満洲里《マンチュリー》――夜中のせいかいや[#「いや」に傍点]に真暗な町だなんにも見えない。思うにこれ
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