ェ。いまにも欠伸《あくび》といっしょに起き上りそうだ。一列のまま左へゆっくりと棺を一周して見るだけで、銃剣の兵が立っていて停まることは許されない。レイニンの手の青い筋を網膜に浮べながら、私たちはもう一度|赤色広場《クラスナヤ・プロシヤチ》のあかるい光線を吸う。
そうすると、曲馬団の天幕《テント》のような思い思いの建築に沃野《よくや》の風が渡って、遠く聞える夏の進軍|喇叭《らっぱ》に子供みたいに勇み立っているモスコウが意識される。二十万の親なし児が鬨《とき》の声をつくって南部オデッサの方面から、或いは貨車の下に掴まり、あるいは国道のほこりにまみれて、今や市内へ雪崩《なだ》れ込もうとしているのだ。町で彼らに帽子をさらわれない要心が大事だ。
With its rise and fall, 莫斯科《モスコウ》は何かを予言しようとあせっている。
“〔Ville de Lie`ge〕”
ワルソオ・伯林《ベルリン》・ケルン・オスタンド。
それから数日ののち、私たちはオスタンド・ドウヴァ間のSSヴィユィユ・リエイジュ号の甲板上に、近づく白堊《はくあ》の英吉利《イギリス》の断崖を見守っている自分達を発見した。
はるばるも来つるものかな――やがて|人潮の岸《ヒュウマン・タイド》ろんどんをさして汽車はドウヴァをゆるぎ出るのだ。半球の旅のおわりと、空をこがす広告塔の灯とが私達を待っているであろう。
底本:「踊る地平線(上)」岩波文庫、岩波書店
1999(平成11)年10月15日第1刷発行
底本の親本:「一人三人全集 第十五巻」新潮社
1934(昭和9)年発行
※底本には、「新潮社刊の一人三人全集第十五巻『踊る地平線』を用いた。初出誌および他の版本も参照した。」とある。
入力:tatsuki
校正:米田進
2002年12月9日作成
2003年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
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