に)安さん! あたし情けなくなるわ。
安重根 (虚ろに)伊藤がおれを占領するか、おれが伊藤を抹殺するか――自衛だ! 自衛手段だ! が、右の半身が左の半身を殺すんだからなあ、こりゃあどのみち自殺行為だよ。
柳麗玉 (うっとりと顔を見上げて)そうやって一生懸命に何か言っている時、安さんは一番綺麗に見えるわね。
安重根 もう駄目だ。ハルビンへ来て四日、日本とロシアのスパイが間断なく尾けている。(ぎょっとして起ち上る)今この家の周りだって、すっかりスパイで固まってるじゃないか。
柳麗玉 (びっくり取り縋って)そんなことないわ。そんなことあるもんですか。みんな安さんの錯覚よ。強迫観念よ。ほら、(手摺りから下の露路を覗いて)ね、誰もいないじゃないの。
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ニイナ・ラファロヴナが物乾しの台の上り口に現れる。
[#ここで字下げ終わり]
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ニイナ まあ、お二人ともこんなところで何をしているの? 寒かないこと?
柳麗玉 (安重根から離れて)あら、うっかり話しこんでいましたのよ。
安重根 何か用ですか。曹君はどうしました。
ニイナ いいえね、今夜でなく
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