こい、どの山の蛇でもいいかと言うと、そうではない。これから北へ行って金崔浩《きんさいこう》さんの所有山《もちやま》、南では車錫山、まず大した蛇山だねえ。蛇追いと言って、これから蛇を追い出して油を取る。御存じの支那の竜門から産《で》ると言われていた視力若返りの霊剤、あれなんかもじつはこの満洲蛇の油だということが、最近偉い博士先生方の御研究によって判明をいたしました。何にきくかと言うと――眼の悪い人はいないかね? 眼の悪い人は前へ出なさい。老眼、近眼、あるいは乱視といって物がいくつにも見える。捨てて置いてはいけない。それから脳病一般、リュウマチス、それに喘息《ぜんそく》だ。この喘息という病は、今日の医学界ではまだその病源についていろいろと説があって、したがって治療法も発見されておりません。学者先生が多勢お集まりになって、腕を拱《く》んで首を捻っていなさる。はて、わからねえ――。
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薬売りは腕を組んで、首を捻って考え込む態をする。群集はすっかり安重根に背中を向けて、薬売りを取りまいて熱心に聴き入っている。低い塀の上にも、中から覗いている顔がいくつも並んでいる。安重根は憮
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