恰好ではないからね。
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群集はかすかに興味を示して、薬売りの周囲へ集まって行く。安重根は手持ち不沙汰に立っている。
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薬売り なに、蛇なんざあ珍しくねえ? そこらの藪っぺたを突っつけばいくらでも飛び出す? だだ誰だ、そんなこと言うのは――ちぇっ! そりゃあ夏の蛇だ。夏の蛇ですよ。そんな蛇とは蛇が違う。ねえ、夏の蛇は薬にはならないよ。私がこう言ったら、そんならお前の蛇は何かの薬になるのかと訊いた人がある。なあ、これから九月、十月、十一月もなかばになると、満洲の冬は早いです。名物の空っ風が、ぴゅうっ、ぴゅうっ、ねえ、朝起きてみると、白いものが地面に下りて、霜だ。おお寒い寒い! 皆さん手に息を吹っかけて、家ん中へはいってオンドルの上に縮《ちぢ》こまる。へへん、笑いごっちゃあねえ。蛇だって寒いから、穴籠《あなごも》りだ。山の奥へと持って行って穴を掘って、蛇の先生、飲まず食わずでじいっ[#「じいっ」に傍点]――冬眠してやがる。ね、そこを、私らみてえな蛇屋さんが、へん、商売商売だね、竹の棒で起こして廻るんだが、どっ
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