うじて片時も止まずに啼きつづける。

安重根、三十一歳。国士風の放浪者。ウラジオの韓字新聞「大東共報」の寄稿家。常に読みかけの新聞雑誌の類を小脇に抱えている。左手の食指が半ばからない。ほかにこの場の人物は、老人、青年、女房、娘、子供等、部落民の朝鮮人の群集と、売薬行商人など。

樹の下でルバシカ姿の安重根が演説している。男女の朝鮮人の農民が、ぼんやり集まって、倦怠《ものう》そうに路上に立ったりしゃがんだりしている。みな朝鮮服で、長煙管《ながぎせる》をふかしている者、洋傘《こうもり》をさしているものもある。
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安重根 (前からの続き)そういうわけで、百姓は農業にいそしみ、商人は算盤《そろばん》大事に、学生は勉強をして、めいめい本分とする稼業に精を出すことが第一です。この、韓国民の教育をはかるといる大目的のために、また一つには、私は本国の義兵参謀中将ですから、こうしてこの三年間、国事に奔走《ほんそう》しているのであります。私の国家思想は、数年前から持っておりましたが、非常に感じましたのは、四年前、日露戦争の当時からであります。
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